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第三十七話:ため込んだ「物」~まだ変わらないといけない~
夕食後、私が入浴を済ませた後、フィレンツォにエリアの入浴介助とついでに口内衛生の確認等を頼んだ。
体の汚れと口内は酷くはなかったが、暖かい風呂に入れて貰えるのは男に犯される――男の相手をさせられる時だけだったらしい。
エリアの「家族」という名前の鬼畜共への私の殺意ゲージは上昇していく。
寝付けないエリアの傍で、眠りの術を混ぜた子守歌を歌って、彼を眠らせる。
悪い夢が見ない様に祈りも込めた。
すやすやと眠るエリアは、見目不相応に幼く見えた。
私は彼の髪を優しく撫でて部屋を後にした。
「ようやく眠ってくれたよ」
リビングに戻り、私はソファーに腰を掛けてテーブルを拭いているフィレンツォに言う。
「ダンテ様、お疲れでしょう。今日はもうお休みください」
「うん、そうだね。明日はクレメンテ殿下が私の所に来てくれるんだ、もてなさなければ」
「――ダンテ様」
突然フィレンツォが真面目な声で私を呼んだ。
「何だい、フィレンツォ?」
「――ダンテ様こそ、あまり無理はなさらないでください」
「私が?」
フィレンツォの真剣な表情と声に、私は驚いたけど、苦笑して、首を振る。
「大丈夫、以前のような事はしないよ」
「そういう事ではありません」
「では、どういう事なんだい?」
私が訊ねると、フィレンツォははぁと、ため息をついた。
「……いえ、何でもありません。ただ、今回の件でダンテ様に敵意を向ける輩が増えたのは事実です。ですからその――」
「大丈夫だよ、そういう輩は気絶させるだけで終わらせて突き出すから」
「いえ、個人的には殺しても問題ないかと」
「おい、フィレンツォ正気かい?」
フィレンツォからの予想外の言葉に私は戸惑う。
「ダンテ様から手を出すことは絶対あり得ませんので、正当防衛ですみます。前科持ちならなおさら」
「……その……フィレンツォ、もしかしてこの間のベネデットとの件不服なのかい?」
「当然です!!」
声を張り上げた。
「爵位剥奪、財産没収の罰を受けてもおかしくないのに、ダンテ様は何も望まれない!!」
「馬鹿なのは息子だけで、婚約者殿とご両親はまともみたいだしね」
「我が国であのような行為をダンテ様にしたら、即絞首刑です!!」
「フィレンツォ、落ち着け、少し落ち着いてくれ」
「それに、エリア様の方も甘すぎる!! 貴族の当主が、メイドに手を出して!! 子どもを産ませて!! それを虚偽登録して!! 虐待したり自分のための捌け口に使っていたのを見過ごすなどプリマヴェーラ王国は何をしているのです!!」
どうやら、色々とここ数日で腹が立つ要素が一気に来たので爆発しているようだ。
珍しいっちゃ珍しい。
私はため息をつく。
「フィレンツォ」
「何でしょうかダンテ様?」
「それ、兄上の件全く気付かなかった私達が言えるかい? 特にプリマヴェーラ王国の事に関してだけど」
私がそう言うと、フィレンツォの顔がこわばった。
エドガルドの件は、彼が私を強姦しようと、私の部屋に侵入してこなければ、発覚しなかっただろう。
ちなみに、強姦しようとして部屋に侵入したという本当の事は明かしていない、目が覚めて通路に出たら深夜ふらついていたエドガルドを見つけて保護したという事に今でもなっている。
あの一件で色々と見直しなどが行われたのは、良い事だと思うが、エドガルドが長年苦しんでいた事実は消えることはない。
「別に私はゴタゴタを起こしたい訳じゃないんだ。それなりにそう、学生生活を楽しみたいのが本音なんだよ」
私は嘘偽りなく言う。
言いたくないが、前世の私の学生生活は、青春と程遠かったからだ。
創作関係基同人がなければ色々と駄目になっていただろう。
「エリアの件は情報を共有してくれるし、ベネデットに関してはあしらっていればいいだろう? その結果、彼が婚約者と両親に見捨てられても私は知らないけどね」
「ダンテ様……その結果奴が貴方に危害を加えないとも限りません……!!」
「大丈夫、その時は――」
「死んだ方が楽だって状態にしてやるつもりはあるから」
私はにっこりと笑って言う。
私は善人でも悪人でもない、私は私だ。
利他主義者とは言えず、利己主義者ともまた何かが違う。
――今、周囲から見たら期待をされる次期国王だけども、根っこは普通の人なのだ……と思いたい――
『お前がそう思っているだけで、十分お前が思っている「普通」からは外れているぞ』
無慈悲に私の思っていることを神様は否定しやがった、畜生。
『当たり前だろう、あれだけ色々なことがあって、それに平然と対応してるのに普通とかふざけてるのかお前は?』
――……あのさ、ぶっちゃけていい?――
『なんだ?』
――吐きたい、げろりたい――
『は?』
――いやその、ね……流石に暴行されてる現場を見るのは精神に来たわ、ずっと我慢してたからせめて此処でげろらせて――
『……構わん、それ位。やれやれ、お前は本当に「我慢」が得意なのだな。あまり良いことではないぞ』
――すみません――
ここ以外で吐いてしまうと、大変な事になるからずっと我慢していた。
嘔吐する感触はそのままなのに、酸っぱい物といったそういう胃液と一緒に吐き出す感じではなかった。
口からぼたぼたと黒い液体が零れ落ちる。
吐き出す苦しさと、今まで嘔吐した時とは異なる不快感を感じた。
『――相当だな』
神様が呆れた声で言う。
私はただ、黒いドロドロした液体を吐き出し続けた。
――あー楽になった……大分すっきりした――
吐き終わるとすっきりした、色んな意味で。
『……この惨状を見てそう言えるお前が凄いわ』
――オウフ――
白い床、基白い地面の上に黒い液体が覆っていた。
かなりの量の黒い良く分からない液体を私はずっと吐き続けていたらしい。
『事情があるとはいえ、お前はもう少し自分の事を吐き出したり、頼る癖をつけるべきだと思うぞ』
苦虫を噛み潰したような神様の言葉、声。
――すみませぬ……――
『だが、此処迄吐き出したなら、少し位言えるだろう?』
――何を?――
『フィレンツォにだ、暴行現場を見たのはキツイみたいなことを言っておけばよいだろう、此処迄吐いだからな』
――むぐー……――
『これからお前は頼られるからこそ、フィレンツォ位には吐き出せ!! 後、可能なら手紙でエドガルドに伝えておけ』
――え、え゛ー?!?!――
あんまり伝えてよい内容ではない気がするのだけれども。
『ぐだぐだ言ってないで、さっさと戻って軽く愚痴れ、それもまた重要な事だ』
――え、ちょっとま、ギャー!!――
また強制的に「戻され」た。
仕方ない、と私はため息をついて、ソファーに横になる。
「――ダンテ様」
「……悪い、やはり強がりや我慢は良くないな」
フィレンツォが近寄り、膝をつく。
「……慣れない代表宣誓の後に、言いがかりをつけられ、兄上を馬鹿にされて気分が悪かった、許せなかった。今日、エリアが暴行されているのを見て、気分が悪くてたまらなかった……」
私は腕で目を覆いながら、そう言って息を吐く。
「……みっともないかな」
「そんな事はありません、ダンテ様」
フィレンツォは静かに言い、ぷらんとソファーから垂れている方の私の腕を掴み手を握った。
「仰ってください、苦しい時は苦しいと、辛い時は辛いと、ダンテ様はあまりにも我慢しているかどうかわからない事が多いのです、御后様でさえ、読み取れない程に」
フィレンツォの言葉に、ああ、自分の「悪癖」はまだ治ってなかったのかと理解する。
「私では役不足かもしれません。ですが私はダンテ様の執事です。主人を支えるのが私の役目、ですから遠慮せず仰られてください」
フィレンツォの必死そうな顔に罪悪感が湧いた。
「……分かったそうする」
少しは変われたと思ってた。
でも、私はもっとちゃんと変わらないといけないのだと思った。
後で「傷つく」のが面倒だから、断らないというのは止めたけれども「過度の我慢」するという事はまだ昔と変わらない。
少しずつ、変わっていこう。
そう思いながら、私は目を閉じた。