第七十六話:厄介ごとを一つ一つ、そして強がる君へ
自室のベッドに寝っ転がりながら本を読む。
行儀が悪いのは重々承知だけど、別にこれ位いいだろうと思っている。
――いつでも「イイコ」は疲れるから――
のんびりと前世的に言うラブコメのライトノベルを読んでいると、聞きなれたノック音が耳に届いた。
「入ってきてもいいよ、フィレンツォ」
私がそう返事をすると、扉が開き、フィレンツォが入ってきた。
私の様子を見て、何処かほっとしているように見える。
「どうしたんだ? 私を見てそんな顔して?」
「それは当然です、無理をしてないかと不安でしたから」
「予習復習は済んでるし、勉強をしないと生きていけない類の存在じゃないんだから私は趣味の読書でゆっくりと休む位するさ」
「それなら良いのですが……幼い頃の貴方様は、本当に驚くほど遊ぶことをなさりませんでしたからね」
「それはそれ、これはこれ」
私はそう答えて本にしおりを挟んで閉じ、枕の横に置いて、体を起こす。
「で、何かようかな?」
「勿論です」
フィレンツォは扉を閉めて私に近寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「エリア様の件で」
「……もしかして、エリアに無理やり夜伽というか、そういう事させて繋がり持ってた貴族が多すぎてヴァレンテ陛下が匙投げたとか言わないよな?」
私はちょっとあまり良くない予想を言う。
「大体合ってます。なのでエリア様を『客人』にしたダンテ様に決めていただきたいと『以前話し合った時任せてくれと言ったがちょっとこれは多すぎて』と……」
「勘弁してくれ……」
私は額に手を当てた。
下手をすると、エリアが確実に恨みを買いかねない事態になるのが目に見えた。
だって、この中で罰を受けないのはエリアであり、被害者は彼なのだから。
今は王族である私の「客人」だけれども、独り立ちした場合何が起きるか分からない。
――さて、どうする?――
私が悩んでいると声が聞こえて、視界が変化した。
『お前、最初に言っただろう、これはいわゆるハーレムルートだ、と』
呆れたような声で私に言う神様が目の前にいた。
――そう言えば、そうでした――
『だから独り立ちはあり得ない、ので罰が重いのはエリアとカリオ以外のヴィオラ家の連中にしろ、他は「今後エリアに近寄ったなら処罰する」で通してもらうように言え』
――ええー、それ軽くはござりませんか?――
『処罰っていうのは実行者は絞首刑、家は取り潰しで男は鉱山労働、女子どもは修道院に監禁って意味でだ』
――おけ把握……でも結構きつすぎやしません?――
私がそういうと、再度呆れられた。
『全く、お前は無関係な連中にはとことん甘いな』
――すんません――
神様は私が言っていた意味が分かっていたようだ。
あくまで関係者を処罰したい、のが私の本音。
何も知らない場合は、私は何か罰したいとは思わない。
無知は、知らざるは罪とは言うが、無関係者を罰するほどの思考は持っていない。
ただ、子どもの責任であるならば、親には取ってもらいたいというのはある。
責任をとれない者なら、その保護者に責任を取ってもらう。
それ位はして欲しい。
『お前の事位分かっている、ほら、さっさと戻れ』
神様のその言葉を聞いた途端、また視界が変化した。
先ほど――自室にいた。
傍にいるのはフィレンツォだった。
「あーその……まず、エリアとカリオさんの身の安全の確保。エリアは私達でするから、ヴァレンテ陛下にはカリオさんの身の安全の確保をお願いしよう」
指を立てながら、数える様に言う。
「次に、エリアとカリオさん以外のヴィオラ家の連中は全員知ってたという事なので処罰をお願いしよう、父親は絞首刑で他も同様の処罰」
「つまり、お二人以外のヴィオラ家は死刑、と」
「それでいいと思うけどね。ぶっちゃけ残しておくとエリアとカリオさんの身が危ない」
私がそう言うと、フィレンツォは頷いた。
「次にエリアに夜伽というかまぁ、エリアを強姦した連中は一旦保留、正確には『エリアに近づくことがあれば実行者は絞首刑、爵位剥奪、男は労働監獄行き、女子どもは監獄修道院行き』と脅しておけ、もしエリア達近づいたら即座に実行するように」
「成程……分かりました、ではそのようにお伝えします」
「正直知らなかった家の方には悪いけどそんな事をやってた連中を野放しにしておくのはもっと嫌でね、もしやった奴を家で処罰したりして二度と起こらないように対策するならそれは無しでいいと思う」
「畏まりました、そのように」
フィレンツォが頭を下げると、私は気になってたことを問いかけた。
「ところで、クレメンテ殿下の父母――元国王と元王妃はどうなってるんだ?」
現在父や他の国王たちがあれこれやってるはずだが、どうなっているのか知らないので聞きたかった。
「そちらでございますか」
「うん」
「近日、二人の処刑が行われることが決まりました」
「死刑? 流地刑や、監禁刑ではなく?」
「はい『反省の色なし、同じことをまたするだろう』という事で死刑が決まりました。また元国王派の貴族は徹底的に排除されております」
「成程……それ、クレメンテ殿下は知ってるのかい?」
私は少しだけ気まずそうにたずねた。
一応、割り切ったとはいえ血のつながった親だ、あまり聞きたくない事だろうと、思った。
「ご安心ください、ダンテ様。クレメンテ殿下には伝わっておりますが、クレメンテ殿下は『あの二人ですか。ええ、もういいですよ。私にはブリジッタが居ますし、それにダンテ殿下やエリアという大切な存在がいますから』と」
フィレンツォの言葉に少し安堵した。
人によっては薄情かもしれないが、クレメンテは自分の心の鎖を自分で千切ったのだ。
心を突き刺し、縛り付けていた「願い」と「虐待」で生み出された鎖を、壊したのだろう。
けれども、不安だった。
「……フィレンツォ、それでも、私は不安だから。彼が何かをしても咎める様な事はしないでほしい」
「分かっております、ダンテ様。では、しばらくお休みください。食事時にお呼びいたします」
「分かった」
私がそう言うと、フィレンツォは部屋を出ていった。
私は本を読む気になれず、そのまま目を閉じた――
フィレンツォの声に起こされ、夕食を取り終えて、入浴や歯磨きを済ませて寝る準備をする。
窓から暗くなった外を眺める。
綺麗な星空と、月を眺めた。
――エドガルドも同じ空を見ているのかな――
ふとそう思いながら、カーテンを閉めるとノック音が聞こえた。
フィレンツォではないが、誰か分かった。
「クレメンテですか? どうぞ」
そう言うと扉が開き、クレメンテが入ってきた。
「……夜遅くすみません」
クレメンテはそう言って部屋の扉を閉めた。
「どうしました?」
「……」
クレメンテが近づいてきた。
彼に害意などはないのは分かっている。
彼は私に抱き着いた。
「父母……いえ、血の繋がっただけの二人に出会いました」
「いつ」
「二人の処刑が決まった日、兄上からあまり勧めないが最後に面談するかと聞かれて、会うことにしました」
クレメンテの声が震えている。
「……言われました『お前など産まなければよかった』と――なんて、身勝手だ……産んだのはお前達じゃないか、私は産まれたいなど一言も――!!」
「クレメンテ」
自暴自棄になりかけている彼の名を私は静かに呼んだ。
「私は、貴方に出会えて良かったと思ってます。だから、産まれなければ良かったと責めないで欲しいのです」
私はクレメンテを抱きしめ返す。
「貴方は私やエリアの事を大切な存在と言ってくれたではないですか、ならばその私達を裏切らないでください。私の大切なクレメンテ」
「っ……」
クレメンテは嗚咽を零し始めた。
フィレンツォも分かっていたのだ。
クレメンテが強がっていた事を。
実際はそんなことはなかった。
傷ついていたからこそ、彼は今こうして、私の腕の中で泣いているのだから――