通勤のディストピア
いつもの時間、いつものように自転車で駅に向かう。肌で感じる風にはユートピアを感じたが、ふと視線を歩道に向けると、魂の抜けたような顔をした人たちがマスクをして歩いている。一見すると幸せそうな家族連れだ。しかし、わたしには、その家族連れがマスクをしたアンドロイドに視えてしまう。
駅の駐輪場に自転車を止め、200m程の道を進んで駅に向かう。ここにもマスクをした多くのアンドロイドが歩いている。さらに、そのアンドロイドは、マスクをしない人間に視線を向けるようできているようだ。
アンドロイドにも知能はある。しかし、このアンドロイドたちは、自分たちがアンドロイドであることに気づいていない。マスクをする、そしてマスクをしない人間に視線を向けるというプログラムは、政府が送信している。しかし、アンドロイドたちは、それが自分たちにインストールされていることに気づいていないようだ。
そのプログラムが配布され始めたのは2020年の初めだった。謎のコンピューターウイルスに怯える政府は、いまや大半の労働力を担うアンドロイドへの感染を恐れた。そのため、多くのアンドロイドにマスク着用を半強制するプログラムを配布した。また、その後には、マスクをしない人間に視線を向けるというプログラムを追加した。大半の人たちは、そこでアンドロイドたちの圧力に耐えられず、マスクという免罪符をつけることになる。当初は、どんなマスクであっても免罪符となった。しかし、政府は単なる布マスクやナイロン製のマスクを徐々に非推奨にしていった。最終的に推奨されつづけたのは不織布マスクだけである。
ここには政府の狙いがあった。「ここで布製やナイロン製に変えられてしまえば、補助金を出してまでマスクを作らせた意味がない」。不織布マスクが売れなくなることを恐れたのだ。もちろん、ウイルスを防ぐための効果もあった。しかし、その効果を考えれば、布製やナイロン製と大きな差はなかった。しかも、このプログラムは今も配布され続けている。
少し話は戻って2021年前半。政府は、アンドロイドたちに無償でウイルス対策ソフトを配布しはじめた。もちろん、これも効果はあった。しかし、徐々に弱体化するウイルスを前にしても、そのプログラムを更新しようとはしなかった。対策ソフトの効果に疑問が投げかけられても、なにもわからない"専門家"に責任をなすりつけることで乗り切った。
しかし、そういったことを続けたことによる弊害が徐々に現れ始めている。
アンドロイドが徹底的に人間を避ける事態に陥っている。人とアンドロイドの接触が必要な医療、介護にもそれは飛び火し、普段の生活に関わるアンドロイドはもちろんのこと、死者を弔っていたアンドロイドも人間を避けるようになった。こうなると、"効率化"という旗印の基に人間を排除してきたツケが回ってきた。死者を弔うためのアンドロイドがその役割を拒否し、人間をモノとしか見れないアンドロイドは、亡くなった人たちを直接火葬場へ運ぶことを選びはじめた。そして、アンドロイドを管理する側だった人間も、それを良しとする習慣ができあがろうとしている。
アンドロイドたちは、毎日のようにスマートフォンから自らに更新プログラムが送信されていることに気づいていない。コンピューターウイルスに関しては、ほとんどのアンドロイドが侵入されても問題ないレベルにまでその驚異は下がっている。しかし、政府のプログラムは一向に改善される気配がない。
一部の人間たちは、その間違いに気づきはじめた。いまに於いてもウイルスのリスクがゼロになったわけではない。しかし、そのリスク以上に人を避ける文化が定着する恐ろしさに気づきはじめたのだ。
直接はなすことをしない。手を握ることをしない。笑顔を見せることをしない。苦しい顔を伝えることもしない。なにもかもを避けるようになり、先人が長年をかけて築き上げてきたものを捨て、多くのことを廃止に追い込もうとしている。さらに、これを当たり前と感じはじめた子どもたちは、先人が築き上げてきたものを昔話のようにとらえ、ほんの数年前にあったものでさえ、それを"なかったもの"だと認識しはじめている。マスクに関してもそうだ。日本は、一年中、花粉や黄砂が降り注ぐ場所ではない。それにも関わらず、親や周りにいるアンドロイドたちがマスクをしている。子どもたちもマスクするのが当然とされてしまう。さらに言えば、親やアンドロイドたちが無理やりマスクをつけようとする。これが当たり前になれば、熱中症になろうが何になろうが、子どもたちはマスクを外すのをためらうだろう。
この話はフィクションだ。ただ、別に壮大な話でもないし、はっきり言えばいま起こっていることをパクったに過ぎない。ネット上で騒ぐだけのペテン師が言ってることだとバカにしてもらっても結構だ。だが、ここまで読んで日本の状況に少しの危機感も感じないあなたの頭はお花畑だとお伝えしておこう。政府が気づけず動かないのであれば、まず行動できるのはあなただけなのだ。
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