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エスパー/ミツメ

「来月この街を出ようと思うの」

いつもの喫茶店でいつも通りブラックコーヒーをゆっくり味わいながら、何でもない話の続きかのようにサラリと彼女は言った。普段から目についたもの、頭に浮かんだものにすぐ話が切り替わるもんだから、多少のことで話に飛びつく事はなかったのだが、聞き返さざるを得なかった。さっきまで近所のタイ料理店の話をしてたよね?

彼女の醸し出す雰囲気が近頃変わった気がしていた。最近髪をバッサリ短くしたせいかしら。彼女の耳元で揺れるピアスを見つめる。元々容姿が整っていて綺麗だが、内面の余裕が滲み出ているような、水分の含んだ色気を帯びている。潤いのある生活ができているのだろう。彼女と出会った頃、何故だか放って置けない気持ちになったのは、目の奥にある飢えを感じ取ったからだと今さら回顧する。私は水やりをしてきたつもりだったが違うところで花が咲いたのか、と少しだけ白々しい気持ちで彼女を見た。やっぱり、綺麗だな。


そう、遠くに行くのね。こんな時にかけるべき正解の言葉が出てこない。寂しい?頑張って?行かないで?また会おう?全部正解のはずだけど、曖昧な笑顔しかできないまま、ピアスを見つめていた。



彼女は初めて出会った時から、容姿を除いても人を強く惹き寄せるのに何処か掴めない不思議な人だった。みんなが近付きたがるけど、分からないように薄らと線を引く。どうやって彼女が形成されたのか、それを紐解くピースを必死に探せば探すほど遠ざかっていくような人だった。

その線に気付いてから、私はゆっくり会話を重ねることにした。仕事終わりのドライブ、休日のお茶。彼女が私の話に笑ったり、感じた事を話してくれることに、心地よさを感じていた。きっといつまでも彼女の線を越えることは出来ないけど、私の事は覚えていてね。なんて、一方的な気持ちを抱えながら。


ぽつりぽつり、彼女が自分の話をするようになった。私は彼女の言葉を漏らさないよう耳を傾けながら、内心は舞い上がっていた。それはどこにでもあるような家族の話や元恋人の話だったが、紛れもなく彼女のパーソナルな話だった。あぁ、ついに線を越えたのか、と達成感のような気持ちで満たされる。でも目を見つめるたびに、その思いも挫けてしまう。自分の話になると口数が増える私と対照的に、彼女は淡々と端的に話す。何でもないことのようにサラリと古傷を見せる彼女に対して、親しみと怖さを同時に感じた。


結局私は彼女のことが掴めないままだった。



新しい街で新しいパートナーと暮らす彼女に、なんて声を掛けるのが正解だったのか、今でも分からない。きっと私は彼女に片思いをしていた。伝えられないまま、彼女はこの街からいなくなる。


ミツメ

「エスパー」

PS.日曜日の夕方、昼寝から目覚めた気怠さと共に聴く曲


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