Spinoza Note 49: 神は今、ここにいる
先に、定理18から15までを「神は内在する」としたが、神が内側や外側にいるわけではないので考え直した。結果、ラベルを「神は今、ここにいる」と改変した。Spinoza にとって、創造神ではなく、今のこの世界を動かしている神の方が重要だという気がしたからだ。
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神は何者か?という問いは、この世界はどのように出来たのかという創世と関係しているように思われる。この世界があるのはなぜかを考えたとき、誰が作ったのか、始まりはどうだったのかということにまず関心が向く。世界中に創世神話がある。物事の始まりを考えるのは人に共通する習性だ。
世界はどうやって始まったのかという問いに執着すると、元祖争いになる。物事が始まった時点で世界が完成していて、そのときに(Descartesのいうところの)物事の本質が定まり、以後同じ世界が続く。問いが「物事が変化していく」ことに目を向けさせない。
世界は確かに始まった、でもそれは遠い昔のことで、済んだ話だ。しかし、神は今も働いていて、我々と共にある。素晴らしいではないか。神の営みに我々も参加すべきだ。本来、我々はそのように生まれてきた。そのことを思い出そう、真理を知る能力を与えられているのだから。
ということを Spinoza は主張したかったのではないかと第一部を読んだ。