転倒して骨折も、バイクが無事でホッとした話
「左大腿骨転子部骨折」。これが筆者の診断名。奇しくも、左右を入れ替えると美智子さんの診断名と同じだった。金属棒を埋め込み(きょうび金属の回収はしないらしい)、ただいまリハビリの最終段階だがもうライドは再開できている。転子部とは骨頭と大腿骨の中間部で、きれいに割れていた。
左の下ハンで8センチほどバーテープが剥がれただけで、バイクそのものは無事だった。貧窮老人ゆえ高騰するバイクに買い替える余裕はなく、胸をなでおろす。日ごろ、「転びそうなときはカラダよりバイクをかばうよね」と冗談めかしていたのが本当のことになってしまい、自嘲しきり。
現実には「転びそう」といった時間経過はなく、いきなりバタンと左に倒れてしまった。場所は砂利道が舗装路にかわる直角コーナー。舗装路は砂を撒いた状態で、昨今は敬遠される(らしい)23Cの前輪タイヤはあえなくスリップ。大型トラックのタイヤに踏み固められたデコボコの、いつ転んでもおかしくないような砂利道を400メートルほど走りきった直後のことだった。
もしタイヤが今はやりの28Cや30Cのタイヤだったら、もしブレーキがディスクだったら、サイコンがもっとハイスペックだったらとグチも出るが詮無い話。もっと大きな「もし」は、なんでこの日(9月6日)海を見に行こうと思ったか、である。リタイア後にロードバイクを始めた時から比較的安全というのでヒルクライム中心でやってきた。レース、ソロTT、練習ライド、合わせれば何千回と山や坂を登り降りして無事故だった。それが快晴無風のこの日、なぜか海へ行こうと思って漕ぎ出した初見の平地ルートでこのざまである。魔がさしたとしかいいようがない。
何度か迷走させ、ついには砂利道に誘導したGマップも憎いが、最初から地あたまを使い、とにかく昼過ぎのお日様が上がっている方角へ進めばいずれ海に出られるはずだった!
転倒後のシークエンスは思い出したくもないが、ソロライドかつ土地鑑のない場所で転倒、骨折するとどうなるか、参考までに書きとめる。
倒れた状態で強い痛みはなく、立ち上がろうとバイクを杖にトライするもなぜか左脚に力が入らず(ふしぎな感覚)、左足裏が地面に向かない。最後は脇にあった金網フェンスにからだを預け、右脚メインでようやく立ち上がり、2メートル先の電柱にバイクを立てかける。もちろん姿勢によっては左股関節に痛みが走る。回顧的にいえば、絶対安静が必要な患部に一番負荷をかけたのがこの時の数分間だった。
真っ白になっている頭にもはっきりしていたのは、自走では帰れないという事実。「どうする? GOする!」が答えだが、その前に…
①救急車を呼ぶか:
こんな時救急車がバイクを載せてくれないことを、幸か不幸か知っていたので除外(病院も選べない。入院できたとしてもバイクの回収手段が思い浮かばず。しばらく前にnote内で、同じく転倒、大腿骨骨折したローディの手記を読むと、悩んだあげく奥さんに車で急行してもらい、その場で救急車を呼んだ経緯が書かれていた。これならバイクは回収できる)。
②家内を呼ぶか:
自分を養ってくれている家内はこの日非番だったが、普段限られたルートしか運転しない前期高齢者を、自分自身が案内できそうもない未知の場所(ランドマークもない)に急行させる案は早々に除外。
残るは、
③GOタクシーのみ:
骨折までは考えなかったが、CMが出始めた頃、なにかの役に立つかもとDLしておいたスマホアプリの初使用である。
ここでハンドルバーに固定してあったスマホを取り外す。しかし画面は真っ黒なままでロック画面が出てこない。手が震えていたかもしれない。一瞬「故障?」の文字が脳裏をよぎりプチパニックに。現場は工場地区で人の往来はなく、車の通行もまばら。スマホがなければ万事休すである。最後の手段、ボタン操作でオフオンするとスマホは生き返り、自分も生き返る。
GOアプリを開く。ところが、乗車位置は当然現在地を指すものと思いきや、自宅を指していて(!??)あわてる。これを上書きするのにひと苦労したが、地番は電柱に銘板が貼りつけてあってことなきをえる。
5分後(!)に車影が見えた時の安堵感は今でも鮮明に思い出す。バイクを積めそうなロンドン型を期待していたが、現れたのはセダンタイプ。ドライバーに事情を話すと「チャリの積載は謝絶できるんですけどね」と言いながらも応諾してくれた(地獄に仏! 前輪は外したがトランクの蓋は浮いたままだったような…)。自宅までの道のりは、往路に渋滞を見ていたので覚悟していたが、ドライバーは抜け道を知悉しており、30分ほどで到着できた。
車の乗り降りはさすがに痛かった。家には昔父親が使った杖があり、それに全体重を預けるようにしてなんとか宅内へ。さてどうするか? ときは金曜の午後。処置のできそうな市民病院はすでに診療時間外。そこで近傍の自分も孫も世話になったことのある整形外科へ向かう。すると金曜午後は医師が常駐していないとのこと。次の医院へ。待合室で見ていると、湿布や投薬処方などの軽傷患者が多いらしく診察室はほぼ数分で患者が入れ替わる。自分はさっそくX線撮影に回され、戻ると「折れてますね」と告げられ、あっさり「紹介状を書きます」と。当時は事務的だなとの感想を持ったが、帰りに松葉づえを貸し出してくれたことが町医者の功徳だったといまは思っている。
後知恵だが、タクシーで帰宅後すぐに救急車を呼ぶ手はあった。しかし後日かかりつけ医に訊くと、それでも手術は結局週明けとなり、「実際より一日早かったかどうかでしょう」と言われた。そして入院費がかさんだかもしれない。
費用といえば、今回の入院費手術費その他は自転車保険+傷害保険でほぼ賄えた。自分だけは転ばないと思っている(ローディあるある!)諸兄姉よ、保険は大事!!
月曜の朝、入院の準備をして市民病院へ。主治医は若い女医に決まった。結果からみれば手技は確かだったようだが、若さのせいか頭が固く(個人差やQOLをまったく考慮してくれない)、なにかとストレスがたまった。例えば手術前の養生。自分は金土日と松葉杖に習熟し移動になんの支障も痛みもなかったが、いきなり使用禁止とされ、ストレッチャーもしくは車椅子に載せられた。水曜の手術まで自由にトイレにもいけず尿瓶を使わされ、一旦排尿しても慢性的に尿意が消えず、軽い排せつ障害になった。
手術では生まれて初めて全身麻酔を経験した。手術室前で家内とグータッチした次の記憶は、手術後同じ場所で家内がこちらをのぞき込んでいる場面。その間はまったくの無である。ブラックアウト、消された時間!
おかしかったのは手術前日だった。看護師に「この骨折で一番痛みが強いのはどのフェーズか?」と訊くと、「今です」と即答。ところが自分には一切痛みがなく、それを告げると笑われた。ことほどさように、ある姿勢による一瞬の痛みを除き、この件で持続する痛みに苦しむことが一貫してなかったのは幸いだった。
リハビリは手術翌日から始まった。理学療法士は主治医と違い、筆者の大腿四頭筋を見て「70代の筋肉ではないですね」と言ってくれ、一日二コマのプログラムもどんどん前倒しで進めてくれた。筆者自身も、少しの痛みはあっても引かずに攻めの自主トレを心掛けた。すると痛みの先にイタキモチイイ瞬間がやってくるのである。今回のリハビリで興味深かったのは、一日一日少しずつ皮をむくように痛みが引き、前日までできなかったストレッチができるようになったこと。おかげで気持ちが落ち込むことはなかった。
かくして手術後16日で退院することができた。データを見たが、年齢にしては早い方である。実は入院中、医療コーディネータからさかんにリハビリ病院への転院(退院即移送)を勧められた。同年輩の患者はふつうそうするらしい。しかし要項を読むと、一旦入院すると患者希望での退院は不可とある。患者は患者を演じ続けなくてはならなくなる。よって自宅リハビリを選択。正解だったと思っている。
退院後2週間、歩行にはまだ杖を使っていたが、バイクトレーナーを使い始め、徐々に負荷をかけていった。手術後8週目(このころに患部の骨がかたまるとされている)、歩行にかすかな痛みは残り、歩様も完全ではなかったが、外でのライドを始めた。思えば、入院中のリハビリでもすでに固定バイクのペダリングは、負荷をかけなければ、できていた。
ここで余談をひとつ。2018年にNHKBSで放映された「人体シリーズ 骨」についてである。ゲストコメンテータはノーベル賞の山中伸弥教授。紹介されたテーゼは「骨形成には衝撃が必須」というもの。流れで自転車のペダリングはどうかとの質問に、教授は「どれだけ漕いでも貢献度はゼロ」と明言したのである。ゼロどころか、それだけを続けると骨に劣化が起きると。
実例としてアメリカのプロロードレーサーが紹介された。たしかアラサーだったと記憶するが、転倒骨折を機に骨密度を測ったところ、80代(骨粗鬆症)相当の数字が出たというのである。子供のころからバイクに乗り続けた結果がこれだった。以後、トレーニングにジョギングを採り入れている映像が流された。思えばプロのロードレーサーの転倒即骨折という印象は否定しきれない。
だからロードバイクはやめよう、という話ではもちろんないが、この知見はローディ界隈でどのくらい浸透しているのだろう、とふと思ったのである。というのも、筆者が今回世話になった整形外科病棟でこの知見を持ちかけてみたところ、主治医、看護師、理学療法士すべてが初耳(!)だったからである。
運動中の体感と骨形成の生理学的機序とはまったく別物だろうが、たしかにペダリングは骨や関節への負担が極小であることを実感した。繰り返すが歩行に痛みがあるときでもペダリングで患部に痛みがともなうことは一切ない。
付記:
〇理学療法士によると、年齢を問わずケガの大小を問わず自転車の事故は多いらしい。なかでロードバイクのビンディングシューズのことで怖い話を聞いた。転倒の際クリートがうまく外れずに足首を骨折(最悪ダブル骨折)するケースがあるというから怖い。自分はレースとTT以外はキャンバス地のスリッポンを履いて乗るので最悪は免れた。ちなみに初心者が始めるとき自転車屋はスニーカーにフラットペダルを勧めるが、そして自分もあとで分かったのだが、最初からビンディングペダルでいいのだ。上下の向きもそのままでスリッポンやスニーカーのソールがぴったりフィットするのだ。
〇オペ後11週を経て痛みもほぼ引いたいまになって謙虚に振り返れば、そろそろ止め時ではないか、との天の声も聞こえるが、ロードバイクの沼は深い。生け簀のマグロと同じである。「走るのを止めたら、・・・」である。ヒルクライムの世界に同年代のふたりのレジェンドがいる。IさんとTさん。Iさんは二つ上、Tさんは三つ上らしい。Iさんはstravaでフォローさせてもらっているが、今でもレースでは年代一位が指定席。その練習量には目を瞠る。Tさんはたしか2年前の正月に転倒して骨盤骨折をしたはずだが、5月6月のレースには出られていてビックリ。ひそかにお二人のことは化け物と呼んでいる。
〇下の写真はきのうのライドで撮ったもの。運命のあの日、「ここに行こうか、海に行こうか」と迷ったあげく海に向かったのだった。そして「治ったらここに行く」と決めていたから、リハビリを頑張れたのである。