『上海哀儚』
今から21年前のこと、2001年6月29日に富士見書房から発刊された自分の二作目の小説です。
前作の担当編集(当時、富士見書房、現・TOブックス代表)から「次の作品は上海哀儚で」とタイトルだけ言われて書き始めたBLOODシリーズのひとつとなります。
というあらすじなので、1989年頃の横浜と1930年代の上海のふたつの場面に時を超えて同じ姿でいる吸血鬼・影蘭を主人公として描いた物語で、のちの『BLOOD+』のハジはここからインスピレーションを得てるところがあったりします。
とはいえ、最近、自分の仕事を振り返ることで人に教えるためのノウハウを抽出できないかと思い、データを漁っているのですが消えてしまったものもあるので、一番古いのがこのデータで奇跡的の残ってました……。
本文は読んでいただくとして(Amazon中古で39円。KADOKAWAに在庫があるかもしれないけれど、たぶん絶版のはず……)、その当時のシノプシスが出てきました。
……拙い。
とはいえほんとに、ここから自分の物書き人生が始まったので仕方がない。
このシノプシスからいろいろと直して書き上げた本作を読んだ押井さん(解説を頼んだから)が「お前はもっと書かなきゃだめだ」と言って、石川社長(現・会長)に脚本やらせるよう勧めたことで自分の脚本家としてのスタートが決まった運命の分岐点。
下手くそだろうが、甘かろうが、臆せず最後まで書ききった度胸だけは関心してしまう、当時の自分すごい。
なおデータを観る限りですが、
シノプシス:2001年2月20日提出
ロケハン:2001年2月27日(横浜)
(……以下、ロケハン当時の写真)
このときはじめて「取材」というものをさせてもらい、担当編集とホテルニューグランドでお昼を食べたのですが「作家と食事するとき3,000円以上使わないと経費で落ちない」と言われたことが印象的でした。
その後、
プロット作成:2001年3月4日
本文完成:2001年4月22日(文字数:約11万8千字)
という形で進行し入稿まで約二ヶ月の仕事でした。
このあと、6月くらいにBLOODの続編的な物語のプロット(大正時代を舞台に小夜の起源はどこにあるのか?みたいな物語)を書いて、夏くらいに石川社長(当時)にロスに連れて行かれて海外のプロデューサーと話をしたりしたのですが、まあそれは消えてなくなったわけで、どこをどう流れたのかわかりませんが例の実写映画『LAST BLOOD』につながったのかもしれません。確証はありません。
信じるか信じないかはあなた次第。
けれどなにかを書けば、なにかの種にはなるようですし、これを書いたことで『BLOOD+』にもつながったわけですから、書き続けていれば次の作品につながることもあるかもしれません。
とにかく、書いて世に出すことが大事なのです。
――以上、本実の余談でした。
次回をお楽しみに。