No.9「頭空っぽの方が、夢詰め込める」



 前回は、いわゆる「死」について書いたので、少々重苦しい話になってしまい申し訳ない気持ちがあります。



 ですが、人間の人生を唯一の自分のものであると仮定した際に、少しくらい自分の好きに生きてみたっていいじゃないか、という考え方に自分はなりました。


 自分みたいな考え方の人も人間の中にいますよ。ってくらいに軽く捉えていただければと思います。



 前置きが長くなりましたが、今回は特に書くことがありません。


 これを書く前に剛士のnoteを読んでいました。



 内容とかの話ではないのですが、何も考えずに気軽に書いたらしいです。


 なので今回は自分も、頭空っぽの方が夢詰め込める、って言われているので、何も考えずに書いていきます。(頭空っぽなのはいつも)


 書くことないってことは、一週間何もしていなかったのかと思われるかも知れません。


 ですが、自分的には何なら他の週よりもいろんなことがあった週だと思ってます。



 しかし、感じたことについては、いい意味で今まで書いてきたことと同じでした。


 同じことを感じたってことは心に何も響かなかったってことではないのか、と思うかも知れません。



 いい意味で、と書いたのは、今までこのnoteに書いてきたこと、つまり、大切に感じてきたことを再確認というか、自分の大切にしてきたことは間違いではなかったと改めて体感したという意味でした。


 具体的には、応援してくれる人や仲間の温かさとありがたさ、人は生きているうちに、多くの人に支えられ、助けられ生きているということです。



 もしかしたら、助けたつもりなんてないという人もいるかも知れませんが、その人と一緒にいるだけで勝手に助かっている時もあると思うのです。


 これは僕個人に限った話ではないと思います。



 他愛のない会話しかしてないのに、悩んでいたことが吹っ飛んでいたことだって一度は経験したりしていると思います。


 そういった関係性はお金に変えられないものであり、尊いものだと思います。



 しかし、いつでも自分にとって大切な人が自分の思い通りになるわけではありません。


 極端な話、大切な人、友達、家族だって極論で言えば他人です。



 他人の気持ちを変えることはできません。


 他人の気持ちや考えを、自分の都合を押し付けて考えや行動を強制してしまっては、尊い関係性も破綻してしまうと思います。



 「親しき中にも礼儀あり」ではありませんが、お互いにその人といられることに感謝の気持ちを持って接していくべきだと思うのです。


 「ありがとう」と感謝されて不快に思う人はほとんどいないと思います。(悪意のある言い方は例外)



 大切な人、一番身近な人にこそ「ありがとう」を伝えることで、その関係性の価値をより高めていきたいものであります。




 いい感じに締めた感ありますが、かなり剛士が書いていた内容に近い気がします。笑

 剛士のnoteの方が100倍良い内容なので、是非そちらも読んでみてはいかがでしょうか。





 ちなみに、今週は本当に色々あって、大学の学部の同級生とご飯に行ったり、初めて劇団四季というかミュージカルを観たり、いつぶりだろうっていうくらいに恩師とご飯に行かせていただいたりと、他にも色々あった、濃い一週間でした。

 全部とっても楽しかったです!!

 生きる勇気もらえました!ありがとうございました!!


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