No.31「宇宙船地球号」
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。と言いたいところなのですが、新年早々、元旦から僕の故郷である石川県で震災がありまして全然おめでたい雰囲気ではありません。
実際自分も当時は金沢市内の方にいまして、家族とは別々で行動していました。
結果としては家族親族全員の無事が確認できましたのでとりあえずはひと安心と言ったところで自分は高台である金沢城の方に避難していました。
建物内にいましたので、外に出てみると古いビルの窓が割れて道路に砕け散っていたり、地面にヒビが入っているところがあったり、後から知ったのですが自分が向かった金沢城の方でも石垣が崩れていたりしたそうです。
思った以上に色々なところにダメージがありました。
特に印象に残ったのは年末年始で旅行に来ていた観光客がどこに向かえばいいのかわからなくなっていました。
外国人観光客も例外ではありませんでした。
そういう人たちに対して自分が何かできることはなかったのかと思い返してしまいます。
次なんてない方がいいに決まっていますが、万が一自然災害に出くわした際には自分が率先して誘導できるようにしたいと思っています。
そこは普段からの準備にあると思っているのでそういった状況にも柔軟に対応できるような心構えをしていきたいと感じました。
そんな当時の自分はどうだったのかと言いますと、本当に不謹慎な話なのですが、久しぶりに命の危機に晒されている感じが気持ちよくて恥ずかしながら終始興奮しておりました。
ああいうヒリヒリ感が好きだからレスリングがやめられなかったのかもしれません。
今になっても余震や強い揺れが続いているの情報を見て石川の人たちが心配になり、自分も石川に残っていた方がよかったんじゃないかと思うこともあるのですが、自分が誰かを助けられるかもしれませんし、逆に怪我をしてしまって助けられる側になるのかもしれないので一概には言えないと考えています。
あまりにも予想がつかないので何が起こるかわかりません。
人生万事塞翁が馬ってやつですね。
今回久しぶりに大地震を経験したことにより気づいたことがいくつかあります。
一つが、「自分は生きている」ということです。
何を当たり前のことを言ってんだと思うかもしれませんが、地震が起きてミスドの机の下で隠れている時に「死」が近づいてくるのがわかりました。
しかし、「死」が近づいているだけであって実際に死んでいるわけではありません。
まだ生きているのです。
人生の中からレスリングがなり心のどこかが死にかけていた自分に何かを訴えかけてくれる出来事でした。
まだ自分は死ぬ時じゃないし、やりたいこともたくさんあるし、もっと精一杯生きていこうと思いました。
二つ目は、「朝がくることのありがたさ」です。
朝になっても目が覚めることがないのではないかと思ったのは人生で2度目でした。
1度目は真冬のキャンプで寝る時に初めてマイナス3℃という数字を目にして、このまま凍え死ぬかもなと思ったのが最初です。
今回は余震が結構続いていたので寝ている間に地震が来て家の下敷きになってしまうのではないかと思っていました。
結果としてそういうことはありませんでしたが全く寝た気がしませんでしたし、1度目の経験とは訳が違い結構ちゃんと心が削られていたと思います。
心の底から目が覚めて朝日を見て感動、感謝したのは初めてでした。
この経験とその時の気持ちは忘れられないし、忘れてはいけないと感じています。
三つ目が、「自然には絶対に勝てない」ということです。
当たり前だと思っていましたが、地面が動くというだけで地球に住む人間にとっては簡単に恐怖を感じますし、普通に人が死にます。
僕が今無事に生きているのも奇跡であると言っても過言ではないわけです。
自然には勝負を挑むのではなく、自然と対話し、自然の流れに身を任せ、自然と一体になって共生していくことが大切なのではないかと感じました。
地球という大きな船に乗せてもらっている以上自分たちは地球に感謝し、自然災害が起きた時にはちょっと体調が悪いのかなとか思う程度にして、その代わりに災害に対する備えを各自がして行くことが必要だと感じました。
宇宙という広大な海で私たち人間が暮らしていくためには地球という宇宙船でともに生きていくしかありません。
宇宙船「地球号」は80億人を乗せた運命共同体なのかもしれません。
運命共同体ならば困った時はお互い様。助け合って生きていきたいものであります。