【社会課題解決先進国スウェーデン、デンマーク視察訪問レポート】 第1部 ゆっくりとした時間の中で生きる
1 カールスバーグビール醸造所跡地を活用したサステナブルなホテル
デンマークの首都、コペンハーゲンの中央駅より西へ3駅進んだヴェスターブロ地区に巨大なカースルバーグ駅の姿がそびえ立つ。世界のビール市場において第4位のシェアを誇る「カールスバーグ社」の本拠地である。
北欧を巡る6日間の視察の旅の終わりに、カールスバーグビール醸造所を改装して生まれ変わったホテルに滞在した。ビール醸造所の面影を色濃く残す打ちっぱなしのコンクリート構造となっており、産業の息吹が隅々に刻まれていた。
後述する「レストラン東京」で北欧最後の食事を楽しんだ後、このホテルへ移動・到着したため時刻は既に夜の21時を回っていた。ビールやワインが愉しめるハッピーアワーは残念ながら逃してしまった(このホテルでカールスバーグを飲みたかった!)が、翌朝、最上階のレストランで供される最高にサステナブルな朝食ビュッフェは存分に味わった。デンマークやスウェーデンを始めとする北欧諸国は、気候変動などの社会課題への関心が非常に高く、持続可能性に関する意識が日本と比べても格段に高い。私が宿泊したこのホテルでも、無駄を極力省き、特別な体験を提供する環境が整っていた。
11月27日から12月2日までの6日間、私はスウェーデンの首都ストックホルムとデンマークの首都コペンハーゲンを軸に、私費による北欧視察を行った。この旅での気づきや発見、帰国後のインサイト(洞察)を、全5回にわたりシリーズとして報告したい。
初回の本稿では、旅先での気付きを訪問した各所を紹介しながら述べたい。次稿からは、世界最先端を行く社会課題の解決方法として、”リビングラボ”、”デザイン思考”、”労働政策”などの各国の取り組みを紹介し、得た知見を多角的な観点から深掘りしていく。シリーズの締めくくりとなる第5部では、濃密な短期間の視察を自分なりに総括する予定である。
本視察には、日本財団系のソーシャルインパクト投資を行う社団法人社会変革財団(SIIF)の佐々木喬史氏が同行してくださった。さらに、佐々木氏の紹介で、ストックホルム大学に留学していたglobal shapersの一人、西田優芽氏にも通訳を兼ねて同行していただいた。このお二人がいなければ、こうした多くの学びに満ちた時間は得られなかっただろう。二人をはじめ、旅先でお会いしたすべての方々に、心からの感謝を表したい。
2 「レストラン東京」オーナーの中澤さん
駐日デンマーク大使館の職員の方々と、同じく駐デンマーク日本大使館の職員の方々より共通して伝えられたのは、コペンハーゲンにおいて必ずお会いした方が良い人物の情報であった。「レストラン東京」を営む中澤さんである。
中澤さんの親族が数十年前に開業され、今は中澤さんが二代目を務められている。中澤さんはもともと日本国内で日本料理の職人だった。20年ほど前と仰っていたがコペンハーゲンに移り住み、現在では店の二代目として、現地風のアレンジを敢えて施さず(と感じた)、日本で提供されるような日本料理を、真摯に妥協なき精神で調理されている。
メニューは豊富だ。うどんや丼、鰻、すき焼き、刺身、とんかつ、和風ステーキや、豚の生姜焼き、チゲ鍋まで。
大使館の方のお勧めはすき焼きだったが、私は天丼をオーダー。おそらく日本で頂戴したどの天丼をも凌ぐ、これまでにない極上の味わいに感じた。あと、付き出しが本格的だった。コペンハーゲンの方が「代表的な日本料理」としてこうした日本料理を食事できる機会に恵まれていることは本当に素晴らしい。価格については日本の物価を鑑みれば相応のものである。(感覚的にはコペンハーゲンの物価は東京の2倍程度という印象を受ける)4千円程度は全く妥当な価格と言えるんじゃないだろうか。(ドル換算だと28ドル。全く妥当だ!)
食事を終えた頃合いを見て、オーナーシェフの中澤さんがわざわざご私たちの席に足を運んでくださった。地元の飲食業界の情勢についても貴重なお話を伺うことができた。デンマークが高い税率で知られている中、中澤さんは「高い税金を補うだけの十分な保証が得られており、税の高さを苦に感じていない」と仰る。最近ではコロナ禍の記憶も薄れつつあるが、中澤さんの店舗もその影響を直接に受けたということで、困難な時期があったという。そのような中でも、デンマーク政府は飲食店経営者をはじめとする国民を守るために、数多くの支援策を講じていたそうだ。
デンマークに居住する日本人の数は決して多くはない。実際に、スウェーデンやデンマークを訪れて以来、日本人にほとんど遭遇することはなかった。訪問の4日目にはロスキレ大学で教鞭を執る安岡先生にお会いし、5日目にはデンマークデザインセンターに勤務される原田さんや、デンマーク大使館の職員の方々、そしてここ「レストラン東京」の中澤さんにお目にかかった程度である。観光客にしても、日本人と出会うことはほとんどなかった。おそらく、訪問した時期が寒冷であったために、観光や視察に来る人々も少なかったのかもしれない。
しかし、スウェーデンもデンマークも、どの方も流暢な英語で会話されるため、アメリカ(サンフランシスコ)で体験したような理解しがたい英語とは異なり、日本人にも理解しやすい速度と正確な文法で話されるので、何となくの理解でも脳内での英語から日本語への翻訳が追いつくのだ。
第4部で詳述する予定ではあるが、スウェーデンでは移民の急増により、社会格差が徐々に表面化してきているという現状がある。シリアからの難民問題が社会的な課題となり、近年、社会の分断が進行しているという。一方、デンマークは難民受け入れをあまり行っていない。同じ北欧の国々であっても、国によって採られる政策や国民の思想には大きな違いがある。日本国内を見ても、東京と大阪では考え方が異なるので、国が異なればそれは当然のことであろう。しかし、北欧と一括りにすることなく、今回の視察で感じ取ることができた様々な違いを、今後、詳細に記していきたいと思う。
3 スウェーデン発祥のサステナブルハンバーガーチェーン
北欧にもマクドナルドはある。ユニクロも見かけたしスペイン発祥のファストファッションブランドZARAもあった。何より、スウェーデン発祥のH&Mというファストファッションのブランドもある。北欧だからといって全てがサステナブルかといえばそのようなことはない。
とはいえ、現在トレンドになっているのはやはり「サステナブル」である。マクドナルドよりも有名なハンバーガーチェーンが「MAX」。スウェーデン生まれの健康志向のハンバーガーチェーンである。日本にはない。
同行した西田さんは、「日本のモスバーガーの方が美味しい」というが、私はこちら「MAX」の方が美味しいと感じた。ここのハンバーガーはプラントベース(つまり、大豆バーガー)である。だけどこの大豆バーガー、肉と変わらない味である。いや、肉厚な分、MAXのハンバーガーの方がリアル肉のハンバーガーよりも食感も加味すると美味しいかもしれない。私たちが立ち寄ったのは、スウェーデン政府イノベーション庁(VINNOVA)へ向かう途中にあったストックホルム中心部にあるお店だった。今は、北欧諸国とドイツを中心にチェーン展開をしているそうだけど、日本でも展開すればきっと大流行すると思う。
このMAXで働く人は、有色人種が大半だったように思う。スウェーデンは移民が増えて国民の1割近くが今や外国出身とのことのようだが、そうした人たちに対する職業訓練や就労支援などの社会保障にも熱心に取り組まれている。これは第4部で詳しめに取り上げたい。
また、ドリンクは缶ジュースだったのだけど、これもデポジット料金があらかじめ支払っていることになっており、食品スーパーなどでこの缶を回収するボックスがあり、そこに入れると幾らかの現金が戻ってくる仕組みになっているそうだ。日本でも急速に浸透しているが、プラスチックなどの化石燃料を用いた素材は、北欧でもほとんど見ることがなく、ほとんどが資源として再循環できるものばかりとなっている。冒頭にファストファッションについても取り上げたが、今や、リサイクルショップで服を買うのがごく当たり前だと、同行した西田さんは言っていた。ファストファッションや新品のブランド品を買うのは、人に対するプレゼントの時などに限られているようだ。
なぜ北欧はこのようにサステナブルな社会に関心が高いのだろう。日本にいても、毎年のように猛暑続きで夏はもう仕事をする気力も失せてきている。だから日本でも気候変動に対する意識はそれなりに高いと思う。決して日本の気候変動や地球環境に対する意識について卑下する必要もなければ、負い目に感じることもない。
ここからは私の推測になってくるのだが、そうした気候変動に対するアクションに対する他人からの評価が日本ではあまり得られないのじゃないだろうか。多分、北欧では日本以上に「サステナブル」であることが「かっこいい」(評価される)のだ。だから、みんなサステナブルなことに前向きになる。もちろん、「サステナブル」にはコストがかかる。プラスチックのストローを大量に製造して、それを店舗に置く方が安いだろう。でも社会全体で考えるとどうだろう。プラスチックストローは製造する企業にとっては利益に貢献するだろうけど、社会全体からすると地球環境にダメージを与える。カーボンオフセットに要する費用を勘案すると、きっと循環可能な素材を使った方がコストは安くなるのではないだろうか。そうしたサステナブルな行動が、クールでかっこいい。
日本でも「もったいない」という考えから節制を美徳とする伝統が根強くある。環境に良い活動、行動という点では全然日本も負けていない。でもそれがクールでかっこいいと評価されるかと言えば、ちょっと違うように思う。私が議員時代の頃、河川清掃や駅前のポイ捨てされたタバコ殻を拾い集める活動もしていたが人格的な評価を受けたとしても、それがカッコいいという評価だったかといえば異なるように思う。日本では「もったいない」という思いで資源をリサイクルするのは当たり前で、それに取り組んからからといって特段他人から評価されるものでもないような気がする。そうして観点で言うと、日本は昔からずっとサステナブルだったのだろうけど、それがかっこいい、クールだと言う評価につながらない、消費とつながっていないのだと思う。
4 信頼を基盤とした社会システム
スウェーデンにしろ、デンマークにしろ、公共交通手段が充実している。日本と違うのは改札の仕組みだろう。北欧にはいわゆる「改札」がない。電車に乗るときに、”ピッ”とカードをタッチしたり、切符を差し込んで”ビュッ”と出てくるあの改札機もない。あるのは、スマホの中にある購入したデジタル切符だけだ。
電車やバスでも切符を見せることは、6日間滞在して、結局一度もなかった。ストックホルムからコペンハーゲンまでは6時間弱の長距離高速鉄道の旅だったが、その時も誰もチェックしにこなかった。デンマークで「デモクラシー・ガレージ」に向かうバスでも、スマホの中にあるデジタル切符を運転手さんに見せようとすると、「別にいい!それよりも急げ!」みたいな感じで、切符を見せることもどこかにタッチすることもなかった。
日本でこれを実現できるだろうか。多分できるだろう。ただどれだけ多くの人が、正しい区間の切符を買うだろうか。ちょっとでも誤魔化せば、その人の評判が広がってその街に住めなくなるみたいな閉鎖的なコミュニティであれば機能するかもしれない。だけど今や都市では隣部屋の人の名前も顔も知らないコミュニティが広がってきている。おそらく日本でこのモビリティシステムを導入すると、お金を払わない人が続出しかねない。特に都市部では格差が広がっているのでお金を払いたくない人が相当数いると思う。(私も20年前は貧乏すぎて東京メトロを乗るのを躊躇し3キロくらいなら平気で歩いた) きっちりしている日本企業はそうした不正を許さないだろうし、実際に改札機がそこに存在している。
なぜこうしたシステムが北欧では通用するのだろうか。それは信頼関係じゃないだろうか。あとは寛容性なのか。国民性なのかもしれないけど、「みんなしっかり払ってくれよ。そうでないと公共交通網は維持できないし、そこで働く人の給与も出せないよ」という意識が共有されていて、みんな当たり前のこととして受け入れている。
国や企業も国民やユーザーのことを信頼しているし、国民やユーザーも国や企業のことを信頼している。信頼を基盤とする社会が成立しているのじゃないだろうか。
確かに万一違反すれば、日本では比にならないほど高額な罰金を課せられるそうだ。もしそうなったらバカバカしいので、みんなまともにお金を払っているのかもしれない。そこらへんの感覚は短い滞在期間では分からなかった。ちなみに、私自身はもちろん正直に乗車チケットをデジタルで購入したのだが、そのチケットが正しい区間のチケットだったのかは分からない。。もしかしたら、違う区間のチケットを買っていたかもしれない。改札もなければ、運転手のチェックもないのでそれが正しいチケットなのかさえも分からない。なんて寛容なんだろう。
ついでに取り上げると、公共スペースにあるトイレは全て有料である。これは米国もだし、欧州も一緒なので、特筆すべき事柄ではないかもしれないが、日本からすると駅のトイレくらい無料でもいいんじゃない?と思ったりする。ただ、スウェーデンにしろデンマークにしろ、駅に改札はないのだ。だから、切符を持っていなくとも誰でも駅の中に入れるし、駅のトイレを使うことができる。電車に乗ったらお客さんなのだが、電車に乗らない人(トイレだけ使う人)はお客さんではないのだ。あくまで切符は「乗車賃」なのだ。これも当たり前なのかもしれないけど、日本に住む私からすると頭がバグる。そうか、日本の駅の中にあるトイレは交通事業者による善意なのだ。
5 デモクラシー・ガレージ
第2部でご紹介するロスキレ大学の安岡美佳先生から、渡欧前のオンラインミーティングで、コペンハーゲンにある「デモクラシー・ガレージ」のことを教えていただいた。今回の視察目的には直接関係がないテーマであったが、安岡先生からは訪問してみることをお勧めいただいた。私たち3人は、視察5日目にこの場所を訪れることにした。
「デモクラシー・ガレージ」は、安岡先生曰く、コペンハーゲンの西北エリアにある「デモクラシーのリビングラボ」である。もともと自動車修理・整備工場だった場所を再開発するにあたり、市民がコペンハーゲン市に対して提言し、デモクラシーを育む場所として整備されることになった。
デモクラシーといえば、日本語に訳すと「民主主義」である。堅苦しいし、とても人が集まって話をするようなイメージをわかない。日本では「デモクラシー=民主主義」は、近くて遠い存在なのだ。ただこの言葉が生まれた欧州では、違う捉えられ方をしているように感じる。デモクラシーの語源は、古代ギリシア語の「デーモクラティアー」であり、「人民・民衆」を意味する「デモス」と「権力・支配」を意味する「クラティア」を合わせたもの。直訳すると「民衆支配」となる。
この「デモクラシー」そのものを欧州では、プラトンやアリストテレスといった時代から議論し、民衆がそれを形作っていったのに対して、日本ではよく言われる通り、「デモクラシー」は統治側から与えられたものだった。普通選挙権も自由民権運動の高まりによって民側が官からの妥協を勝ち得たものだったが、決定的な構造としては、とりわけ戦前においてはやはり与えられたものだった。
官と民とのこの関係性は、そのまま社会課題解決や社会変革のためのイノベーションアクションにも見ることができる。日本では「小さい政府」か「大きい政府」かなどの変遷はあるが、基本的には官がやるか、民がやるかの二項対立的な関係性の中で、パブリックが論じられてきたし、誰が公共政策を担うのかといえば、それは一義的には「官」だった。それが「民」から選ばれた「官」だったとしても。
しかし今回訪問した北欧においては、そのような「官がやるか民がやるか」という対立軸はない。”みんながやる”のであり、そこに官だからやるとかやらないとかそういう考え方は根底からないように感じられた。デモクラシーは「民衆による支配」と直訳することができるが、ある意味、訪れた北欧で感じたのは官・民ともに「民」なのである。(それとは別に「王」というのは「民」のカウンターパートナーとしてあるのかもしれないと思った)
重ねてになるが、「デモクラシー・ガレージ」は、安岡先生の喩えによると、「デモクラシーのリビングラボ」だという。「リビングラボ」という概念も日本には馴染みがないものだが、これは第2部で取り上げることにする。いわば、この場所が、コペンハーゲンにとっての「デモクラシー」を象徴する場所であり、ここから新しいものを生み出していく場所なのだ。
ここでは、多様な人が集まる。私たちが立ち寄った日にはイベントは実施されていなかったものの、その雰囲気は十分に味わうことができた。日本ではカフェにおいて隣の見知らぬ人と話するようなことはあるだろうか? 実際ほとんど見たことがない。(かつて中目黒駅前のカフェでネットワークビジネスをやっているような人が隣人に話しかけているのを見たことがあるが・・)
だが、この「デモクラシー・ガレージ」では、それが現実に起きている。店員さんも普通に話しかけてくるし、試作品のパンを配ったり、何か音響チェックをするためにダンスの曲を大音量で急に流して、お客さんが一体感を持って、その音楽にノるような場面もあった。店の外で、たまたま話した人とも普通にコミュニケーションがなされて、メールアドレスの交換もできた。ここに来たら、みんなが平等なのだ。官とか民とかはもう関係ないだろう。それを体現している場所がここなのかもしれない。
ストックホルム市では格差が広がっていて、郊外は低所得者が多いそうだ。コペンハーゲン市はどうなのか分からないが、「デモクラシー・ガレージ」があるこの地域は市内中心部のような華やかさはない。一般的なコペンハーゲン市民はこういうエリアに住んでいるだろうことも忘れないでいたい。
第2部以降では、北欧視察の目的であった「社会課題解決」のための先進的な取り組みを取り上げ、私自身がライフワークとして取り組む「キャリア格差の是正」についても北欧の取り組みを紹介し、複眼的な視点で、これからの日本社会に求められる政策や方向性について考えていきたい。
◇筆者プロフィール
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/SOCIALX.inc 共同創業者
1978年10月生まれ、滋賀県出身の45歳。2003年に若年者就業支援に取り組む会社を設立。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地域課題・社会課題に取り組む。3期目は立候補せず2020年に京都で第二創業。2021年からSOCIALXの事業に共同創業者として参画。
京都大学公共政策大学院修了(MPP)。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。
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