日本初のシステムチェンジ志向の官民共創イノベーションプログラム「XKANSAI」の試み ー第1章ー
日本で初となるシステムチェンジ志向の官民共創イノベーションプログラム「XKANSAIソーシャルイノベーション・プログラム」が2024年に関西で始動し、同年11月28日のファイナルピッチイベントで各賞受賞企業を決定。その後の事業伴走支援が現在、進められている。
従来の個々の主体による散発的なインパクトアクションとは異なり、本取組は官民を中心とした様々な主体が集合的(コレクティブcollective)に社会変革のツボに介入、アプローチしようとする点が特徴である。社会的資源を最大限有効活用する画期的な取組みと言える。
本取組が生まれた背景、そのプログラムの内容を追い、今後の課題について考えていきたい。
第1章 システムチェンジ理論をアクセラレーター/イノベーションプログラムに実装する
1 北欧での学び
システムチェンジ志向の官民共創イノベーションプログラムとして、日本で取り組む起点となったのは、2023年11月に私(藤井哲也)がプライベートで訪問した北欧での体験である。
北欧での視察レポートは別記事に以前まとめているので興味ある方はご覧いただきたいが、システムチェンジという文脈から改めて振り返るとすれば、スウェーデンのイノベーション庁「VINNOVA」や、デンマークの「デンマークデザインセンター」を訪れた際に聞いた「課題解決のイノベーションから、社会変革のイノベーションへ」というキーワードは外せない。
当時は“課題解決”と“社会変革”の違いもよくわからないままであった。気候変動や世界的な高齢化など、社会課題のレイヤー(層)の違いなのかなと考えるくらいだったが、改めて振り返ると、「社会変革」という言葉の裏側にある概念はシステムチェンジの考え方に基づいたものだと気づく。
個々の“課題解決”は、別の新たな深刻な問題を引き起こす可能性がある。例えば地球温暖化。暑さを避けるために冷房という解決策を取ることによって、地球温暖化が加速される。交通渋滞も一つの事例だ。交通渋滞を解消しようと道路を拡幅したらさらに交通量が増えて大渋滞を引き起こしてしまう。また、そもそも本質的でない課題解決は社会的に何のインパクトも生み出さない。課題解決よりも、社会変革が重要である。
北欧の至るところで、「課題解決のイノベーションから、社会変革のイノベーションへ」という言葉や、「ミッションドリブン」という概念を聞いたことは、日本に帰ってから筆者の脳裏に残り続けていた。
2 システムチェンジ理論との出会い
XKANSAIソーシャルイノベーションプログラムは、システムチェンジ志向である。システムチェンジ志向の前提となる「システム思考」という概念に最初に興味を持ったのは2022年頃だった。デイヴィッド・ピーター・ストロー「社会変革のためのシステム思考実践ガイド」を購入した履歴を確認してみたところ、2022年1月22日。2018年に発刊されたシステム思考、コレクティブインパクトの取り組み方について述べられている一冊だ。過去記事でその時の所感や気になった箇所をまとめている。
余談になるが、私は2022年春頃、芸術系大学院に入学し、デザイン思考やシステム思考について知識を深めようとした。が、デザイン思考やシステム思考については筆者が入学した大学院では十分な学びが得られなかった。そのため1年間で退学し独学で学びを深めてきた。紹介したデイヴィッド・ピーター・ストロー「社会変革のためのシステム思考実践ガイド」はシステム思考についての学びを。ロベルト・ベルガンディ「突破するデザイン」はデザイン思考の先にあるものについて学びを深めてくれたと思っている。北欧視察後に読んだ上平崇仁「コ・デザイン デザインすることをみんなの手に」はデザイン思考を深く理解するのに役立ったと思っている。
デザイン思考は、個々の課題解決にはとても有用なアプローチだと思う。一方で、先述した気候変動や交通渋滞にみられるように社会課題構造や長期的視点に目を向けて考えてみると、デザイン思考だけでは社会課題の解決にはつながらない。(困っている人の悩み事を解決するアイデアや事業は生み出せるだろうけど)
そうではなく社会課題をシステムとして捉え直す必要性があるのだと考えたのが2022年だった。2023年はソーシャルインパクト元年とも言える年だったと思うが、その中で各種のソーシャルインパクト系のイベントに参加した。しかしながら、厳しい言い方をすると、それらのインパクト系のイベントで議論され提起されているのは「デザイン思考」的なアプローチによるものだった。確かに事業を通じてソーシャルインパクトは生み出されるのだろう。だけども、それは社会課題解決に真につながるのだろうか。もしかしたら違う問題を引き起こすのではないだろうか。もしくは、社会課題全体から見るとほとんど意味もない些細なインパクトなのではないだろうか、と。
2023年冬の北欧視察を経て、「社会変革のイノベーション」の意味を考える中で参加したのが、2024年5月15日から5月18日の3日間にわたって開催されたSocial Impact Day2024というイベントだった。主催は一般財団法人社会変革推進財団と一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ。ソーシャルインパクト界隈では非常によく知られた団体である。
ほぼ英語のセッションばかりで同時通訳はついていたものの、そもそも新しい概念(システムチェンジ)について専門的な話がなされているので、理解はなかなか追いついかない。とはいえ、この3日間のイベントはとても刺激的だった。社会課題を構造的に捉え、社会変革のツボを探索し、そのツボに対してコレクティブにアプローチしていくことの重要性が議論された。そしてそのためのファイナンスのあり方についても深い議論が進められた。筆者にとってはこのイベントが実質的に「システムチェンジ」との最初の出会いだったと思う。
3 システムチェンジ理論とは
「システムチェンジ」はそもそもそんなに新しい概念ではない。社会や組織の変革につながる持続可能な解決策をデザインするための枠組みとして発展し理論化されてきたものである。20世紀初頭のルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィによる「システム理論」に端を発する。「システム理論」は先にも紹介したように、複雑な社会システムを相互依存的な要素として捉える視点を与えた。
その後、社会変革に焦点を当てた応用が進み、ピーター・センゲの「学習する組織」や、ドナ・メドウズの「レバレッジポイント概念」が理論形成に貢献した。特にメドウズは、システム全体の変革に必要な「レバレッジポイント」(小さな介入で大きな変化をもたらすポイント、社会変革のためのツボ)を提唱。システムの構造や課題循環ループを分析し、どこに介入すれば持続可能な変化を生み出せるかを理論化した。
先述したピーター・ストローの一冊はさらに理論を実践的なものとしたし、アダム・カヘンという学者もこの分野に大きな貢献をしていると考えている。さらに日本で外せないのはチェンジエージェント社の小田理一郎さん。「なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方」という一冊は、システム理論やシステムチェンジ理論を学習する上において秀逸だ。
システムチェンジは、システム思考で描かれる「システム構造マップ」の中で、大きな社会変革を引き起こす介入ポイント(レバレッジポイント=テコの力点となるポイント)を探索し、そのレバレッジポイントへの介入によって、「課題構造」そのものを変革する取り組みである。そして、特定の目標に向けて、必要なステップや条件を論理的につなげることで、変化のプロセスを視覚化するフレームワークのことを、「セオリーオブチェンジ(Theory of Change)」と呼んでいる。
目の前にある問題ではなく、その問題の本質的な部分を見抜き、そこにアプローチしなければ本質的な解決につながらない。応急処置ばかりしているとお金がどれだけあっても足りない。
システムチェンジについて詳細に知りたい方は、チェンジエージェント社のウェブサイトや、社会変革推進財団のウェブサイトをご覧いただきたい。
4 システムチェンジを目指す取り組み事例
「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺が日本にあるが、ある事象の要因を繋いでいくことで一見関係ないことが原因となっていることがある。「風が吹く」というバタフライエフェクトによって「桶屋が儲かる」(実際に儲かるかは分からない!)構造から、システムチェンジについて考えてみたい。
風が吹くと桶屋が儲かるというロジックは次のようになっている。
「風が吹くと土埃が舞う」→「土埃が目に入りやすくなり、失明する人が増える」→「失明した人が増えると、三味線を生業とする人が増える」→「三味線の需要が増え、三味線に使う猫皮の需要が増える」→「猫の数が減ることでネズミが増える」→「ネズミが桶をかじることで桶の需要が増える」→「風が吹くと桶屋が儲かる」。
改めてこのロジックを見て感じたのは、失明する人がいてこそ成立するロジックだ。社会全体で考えるとハッピーじゃない。この構造を変えていかないといけないんじゃないだろうか。
例えば、「風が吹くと自然換気されやすい建築デザインを推進」→「カビが発生しづらく木製品の腐食が進みにくくなる」→「木製品の需要が増加」→「桶屋も儲かる」というロジックに作り替えられる。レバレッジポイントは、「風が吹く」という点であり、介入アプローチは、「自然換気されやすい建築デザインの推進」という点だ。
他の事例も考えたい。システムチェンジの取り組みとして、書籍等でもよく引き合いに出されるものの一つに、ニューヨーク市の犯罪対策がある。ニューヨーク市ではかつて重大犯罪が横行していて、行政はなんとかして犯罪発生率を抑制したいと考えていた。そこで当時の市長がとった政策は、「地下鉄の落書きを徹底的に消す」というものだった。
課題システムマップを見ると分かるが、犯罪が起きる要因として、「犯罪しやすい雰囲気・環境」や、「大人の目が少ない」というものが挙げられる。犯罪が起きやすい状態が負のループによって強化され、ますます犯罪が発生している。この負のループを止めるのに、何がコスト的に優しく、そして効果的だろうか。市がとったのは「地下鉄の落書きを徹底的に消す」というものだったが、これは効果がテキメンだったと言われる。そしてその後、市は路上のゴミを徹底的にゼロにする取り組みにも着手し、さらに街中での犯罪も減少させた。
現象の下に隠れている「氷山部分」を探索することが重要になる。その探索にはできるだけ「課題を俯瞰して見ることができる人」「課題そのものの被害者、当事者」などがさまざまな角度から関わることが必要とされている。
5 システムチェンジを官民共創で実現する
昨今の関西の状況を考えてみる。
関西は首都圏の東京一極集中とは状況が異なり、大阪経済・生活圏、京都経済・生活圏、神戸を中心とした兵庫経済・生活圏のほかに、堺市を中心とした大阪南部と和歌山北部一帯の経済・生活圏が多極的に分立している。ここの地域経済圏では地域性や地域の独自性を生かした特色あるスタートアップ支援施策、産業振興施策、社会課題解決の取り組みが行われている。それはそれで良いことだと考える。一方で、これら地域が一体的に同じ社会課題に取り組めれば、首都圏に負けないくらいの大きなイノベーションの渦を作り出すこともできるのではないだろうか。
現在日本のスタートアップの中心は首都圏である。新規上場企業の6割程度は東京となっている。実際に東京で過去数年間、ビジネスをしてきた経験からすると、ほぼ同じ仕事をしているのにも関わらず、得られる報酬、対価は東京は関西圏の何倍もある印象だ。データで見ても過去30年間、右肩下がりで経済が低迷してきたのは全国的に見ても近畿圏となっている。この原因は何にあるのだろうか。
関西圏の元気のなさの要因について、私は社会構造マップを独自に描いてみた。そして思い至ったのは、企業の成長を支える人材の不足と、昨今ビジネストレンドとなってきている社会課題解決に取り組む人たちのネットワーク・層の薄さにあるという仮説を置いた。売上高50億円以上の規模になると、多くの企業が東京に進出するという状況は、関西経済界からよく聞く話だ。その理由の一つに私としてはプロジェクトマネジメント人材の不足があると感じている。そしてもう一つ重要なのは、マーケットの分散だ。京阪神が仮に一体的に社会課題に解決するコミュニティを形成したり、「コレクティブ・アジェンダcollective agenda」という共通社会課題を提示し集合的にアプローチできるならば。
東京は江戸幕府の延長だ。一方、関西は京都と大阪が権力の牽制しあったことや、奈良から京都に権威が移動したことなどの歴史から見られるように多極化は一朝一夕に変わらないと考える。しかし行政機関同士がつながり合えないのはよくわかるが、社会課題を真ん中に置いた人同士の繋がりならば成立する余地があるのではないかと考える。
2024年12月12日に、関西圏における社会課題解決に取り組む各セクターの皆さんが集まるコミュニティ「XKANSAI」をキックオフした。キックオフイベントの第一部では、「社会課題解決において行政機関が果たせる役割は何か」というものが主要なテーマとなった。
社会課題解決を実現するために行政機関の役割は一見少なくなってきているように思われる。かつては社会課題や地域課題の解決は、行政機関が総がかえしていたが、今や人不足、財力不足が顕著となっている。何をやらないかが重要な各自治体にとっても重要な論点となっている。そうした社会的動向にあって、行政機関の役割がアクターからプラットフォーマーになってきていると言われる。実際に困っている人に公共サービスを通じて解決策を届ける存在から、地域課題解決のプラットフォーマーとなって、民間セクターと連携して地域の困りごとを解決していく存在にシフトしてきていると言われる。
「XKANSAI」のキックオフでは、行政機関が社会課題解決で果たす役割について、概ね次のような意見が登壇者から出された。
・行政機関は、地域の課題構造を見える化する
・行政機関は、地域課題の当事者をアサインする
・行政機関は、プラットフォーマーとして民間企業等との共創を図る
民間企業は確かに困っている人を助けるソリューションは提供できるだろう。だけどシステム思考やシステムチェンジの考え方に沿って考えると、それは目先の困りごと解決で本質的で構造的な社会変革を伴う解決策ではないのじゃないか。
昨今、ビジネスピッチが花盛りである。どこに行ってもピッチイベントでスタートアップ企業や大手企業の新規事業部門が、事業アイデアや企画をピッチイベントの場でプレゼンテーションしている。個々のソリューションは素晴らしいと思う。だけど社会全体で見た時、社会システムとして考えた場合、それらのソリューションをランダムに社会実装しても、社会課題は解決するのだろうか。
少なくても、とても非効率的に思う。本来は、社会構造を分析した上で、どのようなレバレッジポイントに集中して地域の経営資源を集中するのかがあっても良い。しかし現に為されているのは、バラバラなビジネスピッチである。行政機関の役割は、地域課題の構造化を当事者も巻き込みながら進め、みんなに構造や介入ポイントを見える化し、プラットフォーマーとして、システムチェンジ志向の事業を選び、金融機関や地域の資源と連携しながら地域課題解決を推進していくことだろう。
私は現在、日本においてそれは実現できていないと思った。だから関西圏の盛り上がりを目指し、また根本的な社会課題解決とイノベーションが同時に進むプログラムを作ろうと考えた。そのためには、行政機関が持つある種の当事者でありながら客観的に政策として地域課題や社会課題を定義できる機能と、民間企業や金融機関が持つ課題解決の機能を掛け合わせる官民共創型で、システムチェンジを進めたいと考えた。それが2024年5月の東京で行われたSocial Impact Day2024の場であり、その後、一般社団法人うめきた未来イノベーション機構にXKANSAIソーシャルイノベーションの構想をお話する流れへと繋がっていく。
◇筆者プロフィール
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/株式会社ソーシャル・エックス 共同創業者
1978年10月生まれ、滋賀県出身の46歳。人材ビジネス業界に新卒入社。2003年にスタートアップ企業を創業。2011年から8年間は地方議員。2020年に京都でパブリック Xを第二創業。2021年から東京でソーシャルエックスを共同創業。2024年からXKANSAIプロジェクトを始動。
京都大学公共政策大学院修了。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。