グアテマラの虐殺を魔術的にえがく「ラ・ヨローナ〜彷徨う女」<ハイロ・ブスタマンテ監督>
国立民族学博物館の上映会で鑑賞した。
ラ・ヨローナ(泣く女)とは、夫に捨てられた女が、子どもを溺死させて自らも自殺し、ずぶ濡れの白い服をまとう亡霊となってあらわれる、という中南米では有名な伝説だ。ガルシア・マルケスの魔術的な世界にもつながるこの伝説をベースに、グアテマラの独裁者の孤独をえがく。
グアテマラは1960年から96年までつづいた内戦、というより、軍と準軍事組織による暴力で約25万人が犠牲になった。とりわけ1980年代前半、ゲリラという魚がすまう海(=住民)を消滅させる「焦土作戦」で、北部の先住民族の村が400以上消滅した。
そのときの独裁者がホセ・エフライン・リオス・モント大統領だ。内戦終結後、彼はは訴追され、2013年に懲役80年の判決がくだったが、憲法裁判所は10日後、「判決無効」としてさしもどした。2015年から再審がはじまったが、2018年にリオス・モントは死亡した。けっきょく責任をとらせることはできなかった。
この映画の主人公エンリケは、リオス・モントがモデルで、風貌もそっくりだ。
広大な屋敷の周囲には、虐殺の罪を糾弾する群衆があつまり、夜になると、女のすすり泣きの声にエンリケはおびえる。
マヤ民族の使用人たちは「ヨローナだ!」と恐怖し、いっせいにやめてしまう。その後、若いアルマという女性がやとわれる。夫と子を失っている。おそらく殺されたのだ。
エンリケの孫娘はアルマになつき、プールにもぐって息を止める遊びをくりかえす。まるで孫娘を溺れさせるかのように。白い服のアルマは夜中にプールで水を浴びる。ヨローナの化身なのだ。
群衆の抗議の声と、屋敷内の怪異現象で、エンリケの妻はノイローゼになり、失禁する。エンリケはヨローナにおびえ、夜中に発砲し……。
裁判の場面では本物のリゴベルタ・メンチュー(ノーベル平和賞)が登場する。エンリケ一家の描写以外は、グアテマラの状況をルポルタージュのように忠実に表現している。だからこそ、実在のリオス・モントも、こんな孤独と恐怖を味わったのではないかとリアルに想像できる。
私がグアテマラで出会った家族を殺されたマヤ女性たちは、先祖の霊や大地の霊を身近にかんじ、祈りをささげていた。
「悪魔教団がやってくる」という噂を信じた群衆が日本人観光客をなぶり殺す事件も2000年におきた。(日本人観光客襲撃事件の記事はこちら[https://note.com/fujiiman/n/nf32219384fde?magazine_key=m1776280fa3d9])
膨大な数の命が消えた大地には、ラ・ヨローナが本当にあらわれるのだ。
内戦終結後、人権侵害を訴追する動きが一時もりあがったが、その後は軍周辺がふたたび力をもち、麻薬組織が席巻し、軍などの責任を追及してきた法律家の多くが亡命を余儀なくされた。
さらに今年(2023)の6月25日の大統領選では、リオス・モントの娘が立候補する。
映画では、エンリケとその妻は「マヤ人はおろかだから共産主義にだまされた」「おろかなマヤ人を正しいグアテマラ人にしなければならない」と頑迷に主張するが、娘は両親の考えに疑問をいだき、本当に虐殺の責任があるのか父を問いつめる。父親とはちがう良識派としてえがかれている。
「リオスの娘の出馬がわかっていて、娘だけ良識派として描いたのでは?」と、監督の意図をうたがう声もあるという。