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些細な違和感に目を瞑った結果
子どもたちのことは大好きだし、出会えて本当に本当に幸せだと思っているけれど、時を戻せるのなら、夫とは絶対に結婚したくないと思っています。
今まで心に留めていたことを、書いてみます。
当初から持っていた違和感
20代前半で夫と付き合い始めたので、夫と一緒にいた期間はかなり長いです。
夫に対しては、いつも、最後の1枚の扉が閉まっているように感じていました。最後の最後で本音がわからない感じ。腹を割って話せている感覚は、あるにはあるのだけど、どこかで少しだけはぐらかされているような、そんな感じ。
先日、夫を信用しないと決めた話を書きましたが、結婚前は逆で、「この人を信用しよう」と決めて結婚しました(当時に戻れるなら自分を殴ってでも止めたい)。
本音を掴みきれない感覚はあったけれど、所詮は他人なのでどれだけ対話を重ねても理解し合うことはできないと考えていたし、浮気・ギャンブル・借金はしないだろうと思えたので、夫を信じて結婚しました。
言い換えると、「最後の1枚の扉がしまっているように感じる」という違和感に目を瞑って、結婚しました。
自分の違和感を大切にできなかったのは、私の若さだったと思うし、それを何とかしていけると自信満々に思っていたのも、また私の若さだったと思います。
夫は我慢していた
出会って10年以上経ってから、夫は「もう我慢するのはやめた」と言い、本性をあらわしました。夫はずっと”我慢”していたんです。
夫は、私に興味があったわけではなく、おそらく「学校を出て、就職して、結婚するというレールに乗れる自分」に興味があった。「妻に理解力のある、良い旦那さん」と見られることを求めていた。
子どもに興味があったわけではなく、「子をもうけて1人前と見られる自分」「良いパパになる自分」に興味があった。
あくまでも私の推測ですが、夫のベクトルは、全部が全部、ずっとずっと自分に向いていたんだと思います。
でも、それが社会的に良しとされないことを学習していたから、自分にベクトルが向いていることを表に出さないようにしていた。それが、夫にとっては「我慢」だったのだろうと、勝手に思っています。
「自分らしさ」と「自分勝手」
我慢をやめた夫は、とてもわかりやすく、自分勝手になりました。
暴力こそなかったものの、不機嫌を表に出すことが増え、私とも子どもたちとも関わろうとせず自分の時間を優先させるようになりました。家族で出掛けて外食をした時に、自分だけ爆速で食事を終えて、席に座ったまま無言で寝始めた時はドン引きでした。
当時の夫の発言を考えると、たぶん夫としては「自分らしく生きようとしていた」のだと思います。自分らしさと自分勝手は全然違うけれど、その辺が曖昧だったんじゃないかと思う。
「おはよう」の挨拶を無視された時は、怒りよりも驚きが勝りました。気に食わないから無視するなんて、小学生かと思いました。
なるべく家族みんなで夕飯を食べるようにしていましたが、いつからか「いただきます」も「ごちそうさま」も言わず、無言で現れ、無言で食べ、無言で去っていくようになり、子を持つ親の態度とは思えず、呆れてものも言えなかったです。
自分勝手な大人は怖い
子どもたちの手前、そういう態度は良くないので、夫に言ったこともあります。一度だけじゃありません。
それに対する夫の返答は「無視してしまう」「必要だと思えないから”いただいます”とかは言えない」という内容。少し強く要望すると、「指図されるのは不快だ」と言われてしまう。
この頃にはもう、夫が何をしでかすかわからないという恐怖があったので、夫と面と向かって喧嘩をするという選択を取れませんでした。手を出されるかもしれない。自分や子どもたちに暴言を吐かれるかもしれない。最悪、子どもに手が出るかもしれない。そう考えると、なるべく感情的にならずに伝えたいことを伝えて、夫が変わることを期待せずに自分が変わるしかないと思っていました。
腕力も権力もそうですが、力をもつ大人が自分勝手になると、怖いです。その恐怖は、すぐに支配関係を作り上げてしまいます。
そこに屈してしまった私にも問題があるのでしょうが、知らず知らずのうちに、夫婦間に支配関係ができてしまっていたのだと思います。
異常に気づけたきっかけ
当初は、夫婦間に支配関係ができているという自覚もなく、ただただ辛さと闘っている感覚でした。自分が変わることしか考えていませんでした。自分がどうすれば状況が良くなるのか、自分がどのように変われば穏やかな家庭になるのか、子どもたちの笑顔を守るにはどうすれば良いのか。そればかりを考えていました。
そんな中で、上の子が「学校に行きたくない」と言うようになりました。どれだけ隠しているつもりでも、両親の不仲に影響されていたのだと思います。
そのことをスクールカウンセラーの先生に相談した際、家庭環境についても聞かれ、「お父さんは異常です」と断言されました。「異常なものは異常、その環境を維持することで、子どもさんは”これで良いのだ”と間違った学習をしてしまう」と言われ、目が覚めました。
子どもたちを守るなら、夫から離れなければいけないと決意しました。
別居へ
夫から物理的に離れるには、別居しか選択肢がありませんでした。
どうやって別居できるか、どうやったら夫が納得してくれるかを、1年近く考え、長い時間をかけて準備をし、3年ほど前に別居となりました。
別居に至るまでの話は、またどこかで書こうと思います。
些細な違和感に目を瞑って結婚した結果、自分は心身ともにボロボロになり、最終的には離婚となりました。
違和感を直視するには勇気も胆力もいりますが、そこから逃げちゃいけないのだと思います。
「違和感を大切にする」は、大きすぎる代償をはらって手に入れた、人生の教訓です。
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