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ブルーマンデー②

 翌日の放課後も、やはり吉川さんは眠り込んでいた。
 昨日とまったく変わらない位置と姿勢だった。唯一、違うことといえば、今日は窓から夕日が差し込んでいない。空は、まるで気が滅入ってしまったようで、雲から曖昧に、弱い雨を垂らしていた。
 僕は、自分の安物の腕時計を、ちらりと確認した。
今日は、下校時刻までだいぶ余裕がある。母さんから、帰りに夕飯の買い物を頼まれていたが、それでも時間は十分に余るだろう。
 僕は吉川さんを起こさずに、彼女の向かい側の席に腰掛ける。
 図書室には僕らの他に、勤勉そうな女子生徒か一人居たが、すぐに広げていた参考書を閉じて出て行ってしまった。
 本の貸し借りをするカウンターでは、定年間近の司書の先生がひかえるも、うつらうつらと舟をこいでいる。
 吉川さんは、相変わらず少しも身動きせずに眠り続けている。本当に寝ているのか、生きているのか心配になるものだが、よくよく耳を澄ましてみると、微かに寝息は聞こえてくる。
 ふと見ると、彼女は、今日は机ではなく、開いた本に頬をつけていた。
「めずらしい。」
 呟くが、誰も反応しない。
 僕は息をつき、その本を彼女の腕の下から取り上げた。どうせ吉川さんならこの程度では動じないし、このままにしておいたら哀れな本に、よだれがつきかねない。
 本は詩集だった。
 僕は肘をつき、ものめずらしく思いながらページをめくった。
 毎日図書室に通っているとはいえ、吉川さんは決して読書家ではない。彼女は放課後にここへくると、いつも本棚の間をふらふらと徘徊してまわる。
 気まぐれに目に付いた本を手にとって、一、二ページ読んでみたりする。
 彼女はいろいろな話をほんの少しずつかじり、夕方の図書室で、本の中をあちらこちら旅行している風だった。
 遠い未来の国や、今は錆びれたはるか昔の物語。あるいは、ブリキの童話の世界。はたまた、こことは異なるどこか別次元か。
 そして旅に疲れると机と椅子に身をまかせ、今度は夢の中へさ迷い出していってしまう。
 それとも僕が空想するに、彼女は魂だけ抜け出していって、より自由に物語の中を飛び回っているのかもしれない。
 おかげで、呼び戻すのに僕が苦労している。
 僕は、詩集に谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」を見つけ、黙読した。「僕は思わずくしゃみをした」のくだりで、僕は思わず欠伸をこらえた。詩が退屈なのではない。ここの空気が気だるく、急に眠たくなったのだ。
 僕も図書室で本を物色する時、たまにどこかへさ迷っていきそうになるが、吉川さんのように魂だけになって自由自在に冒険ができるものだろうか?
 遠くに、雨のやわらかい音が聞こえる。
 肘をついたまま、僕はいつの間にかまどろんだ。

つづく

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