エッセイ⑥「凍えるマネキン」
コロナですっかりその仕事自体なくなってしました。
振り返るととても懐かしいです。
当時は初めての接客業で、元々人見知りの人間がやっていくのに色々なことがありましたが、今では大切な経験のひとつです。
世の中には本当に色んなお仕事がありますね。
それぞれ奥が深くって、世界を知り尽くすにはたとえ何百回分の人生があっても足りません。
スーパーマーケットへ行くと、「寒さ」という記憶が思い出される。
どうしてかというと、売り場でアルバイトをしていたことがあるからだ。
それはとにかく「寒かった」という記憶に直結する。
そして、そのころとても頑張ってお金を稼いでいたなという記憶にも。
スーパーマーケットへ行くと、時々試食販売をしている人に出会わないだろうか。
あれを別名、デモンストレーションという。
それを行いに色々なスーパーへ派遣されて行くというアルバイトがあるのだ。
いわゆる「マネキン」。
試食や試飲、たまにキャンペーンのくじ引きもやることもある。
そのお店の従業員がやる場合もあるだろうが、専門にデモンストレーションを依頼されて人を派遣する会社があり、わたしはそこに登録していた。
寒かった。とにかく寒かった。
登録した会社では仕事中の格好も指定されていて、それがたとえ夏でも冬でも上はワイシャツ、下は黒ズボン、エプロンを必ずつけ、頭には三角巾を被る。
仕事で立つ場所は、たいてい一番奥の売り場の通路、手前側。一番奥といえば肉や魚が売られているコーナーで、それらを新鮮に保つための冷蔵庫並みの冷気に一日中浸りながら、お客さんへ声を掛け続ける。
行くたび、色々なお客さんやスーパーの方がたくさんいて、バックヤードがどうなっているのかとか、どんなお客さんにどの商品が売れていくのか、今日はやたら勧めても避けられる、ガキンチョにおばさんと言われたとか、かなり内容としては面白かった。
ただ、とくに冬場に至っては寒くて仕方がなかったという記憶が強烈だ。
同時期には百貨店の地下で高級チョコレートを販売する仕事もしていた。
一度、同じく百貨店に勤める年上の女性が休日にお客さんとしてスーパーに来ていて、ガチガチに震えている姿を見つかったと思う間もなく、
「チョコレートじゃなかったの」
と真顔で言われたことがある。
優雅な(そう見える)チョコレートの販売と、ナタデココの試飲販売にはイメージの格差があったようだ。
そんなことも、今はいい思い出だ。
箱から当たりくじを引くとビールグラスが当たるというデモンストレーションで、はずれくじを多く作り過ぎ、就業時間間際まで当たりが出ず、ぎりぎり最後に当たりくじを引いた男性に残りの景品ぜんぶ押しつけたこともある。
これまた、内緒だけれどいい思い出だ。
当時は東京から地元に帰って来ている時期で、再び上京するための資金を稼ごうと、寒くても必死で頑張っていたのだ。
アルバイトはいくつも掛け持ちしていた。
振り返って本当に頑張っていたし、それぞれの仕事でいい経験ができたなあと思う。
元はシステムエンジニア。接客も事務仕事にも経験がある。
なかなかこんなに色々やったことのある人間も珍しいかもしれない。
履歴書に書ける内容が増えるなあと考えながら、次はどんな仕事をしようかなと少し楽しみにしている、のんきな自分がここにいる。
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