エッセイ⑳「スパイシーな夜」
大好物、カレーライス。
一度、一日3食ともカレーライス屋さん巡りをしてみたいというのが、わたしの密かな願望です。
ただやっぱり家のカレーが好きです。
家では時々夏野菜カレーやキーマカレーも出ていたけれど、そのどれもがお店でいただくカレーよりも大好きでした。
ふとすると作りたくなるカレーライス。
「自分のカレー」を突き詰めてみるのも楽しいかもしれない、とも思います。
ちょっと覗き込んでみる奥深いカレーの世界の入り口は、踏み込んだら二度と出てはこられないような、蠱惑的で怪しげな雰囲気をしています。
「世の中にカレーライスが嫌いな人っているのかな」
小学生の時、食べ終わった給食の食器を戻しながら、わたしはふと呟いた。
その日の給食が、まさにカレーライスだった。
「そうだよね!」
突然の圧の強い声に驚いてそちらを見ると、そこで担任の先生が机から身を乗り出していた。
「世の中にカレーライス嫌いな人なんていなさそうだよね!?」
わたしは少し引きながらそうですね、と控え目に答えた。
何が先生をそんな急に熱くさせたのかわからないけれど、とにかく、わたしも大好きなカレーライスである。
大人になってからも「好きな食べ物は?」と聞かれると「カレーライス!」と即答している。結果、「男の子か!」と突っ込まれるが、本当に好きなのだから仕方がない。
カレーにも色々ある。本場のインドでは3食カレーなので、それこそ色々な種類があるそうだ。
そもそもインドカレーと日本のカレーは別物で、わたしが一番好きなのはやっぱり豚肉とジャワカレー辛口を使った我が家のカレーライスだ。
けれど、インドカレーも好きだ。だから、時々お店へ食べに行く。
福島に帰って来てからも、家族で行くインドカレー屋さんができた。
よく兄が帰省している日や母と外食をする日、いずれもランチとして行っていた。
何度か通った後、母と、飲食店にはうるさい父だが「ここなら連れてきて大丈夫かもね」という話になった。
そしてある夜、外食をするのにそのインドカレー屋へ家族で行くことになった。
そこのインドカレーのお店にはインドのビールがあったり、おつまみも充実していたから、父も喜んで飲み食いしていた。
わたしと母も、バターチキンカレーをシェアして食べていた。ナンも焼き立てのものが出てきておいしい。
父が最後にシメとしてカレーを食べるころまで、わたしたちが気付かなかったことがある。
しかし、確実にわたしたちを刺激していたのが、空気中に漂うスパイスだった。
「なんか目が痛い」
そう言い出したのは母だった。しきりに目をこすっている。
わたしも両目が妙にヒリヒリしていた。単純な目の疲れかと思っていたけれど。
「本当だ。目が痛い」
父も目をしょぼしょぼさせ始めた。
「もしかしてスパイスじゃない?」
「でも今まで昼に来てた時はなんともなかったよ?」
「きっと今、明日のぶんを調合してるんだよ」
「なるほど」
全員、目をしょぼつかせながら言い合った。おいしいカレー作りに欠かせない、刺激的なスパイス。しかし。
「……帰ろうか」
父がカレーを食べ終わるなり、わたしたちは席を立った。
「運転できるかな」
父は飲酒している。わたしはペーパードライバーだ。
家に帰りつけるかどうかは、一番目をしょぼしょぼさせている母にかかっていた。
「当分は行かなくていいかなあ」
無事に家には帰ったものの、母がこう言い出すようになった。
どんなにカレーが好きでも、いったん遠ざけるようなこともあるものだ。そのお店にはそれ以来、行っていない。
相変わらずわたしはカレー好きだけれど、あんなにスパイシーな夜は初めてだったな、と今もしみじみと振り返る。
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