星作りと跳ねうさぎ亭③
星作りがイエスルガの小さな町に滞在して三日が経ちました。
チムニーは何かと跳ねうさぎ亭に顔を出し、二階のこぢんまりとした居心地のいい部屋にこっそりと泊まっている星作りに話をせがみました。
星作りは暖かい部屋で十分な食べ物をとって過ごすうちに、血色が良くなり、足取りもしっかりとしてきました。
酒場兼宿屋の主人は日ごと健康そうになっていく星作りを満足げに眺めていました。
「こら、チムニー!おめえまた来たのか」
三日目の夕方、星作りの部屋にホットミルクを届けにやってきた主人は呆れた声を上げました。
「いつもいつも一体どこから忍び込んでくるんだ。あまりここに出入りするなと言っているだろう!」
こう言いつつも、主人にはチムニーが店の裏口から自分の目を盗んで入り込んでくるのがわかっていました。いつもは自分に話をせがみに酒場にやってくる子どもの相手をするのは、実のところ主人の楽しみのひとつになっていたのでした。
「ねえ、お願い、星作りさん。星を作るところを見せて!」
チムニーはテーブルの向かい側に座った星作りにねだりました。
星作りは受け取ったマグカップを骨ばった両手で包み込んで、いくぶんやわらかく微笑みながら目を伏せました。
「まだ言ってるのか。いいか、チムニー。星作りの妙技ってのは繊細な手技なんだよ。星作りは芸術家であると同時に職人でもある。職人が簡単にその技を人に見せるわけにはいかないだろう」
「じゃあ、おじさんも見たことないの?」
「ないね」
「だったななおさら見たいじゃないか。おじさん、偉そうに芸術を語っていたくせに、何をどうするかも知らないままでいいんだ」
「夜空に浮かんでいる完成品を眺めるだけで十分だ。おれたち人が知るべきことじゃないんだ、チムニー!」
「星作りさんだって人じゃないか!おじさんは、本当は星作りさんのことがこわいんだ!」
主人は思わずぐっと詰まって、気まずそうに星作りのほうを窺いました。
彼はゆっくりとホットミルクをすすり、深く息を吐きました。胸を静かにさすります。
「その、すまない。あんたを傷つけるつもりじゃないんだ。ただその、あんたらはおれみたいな凡庸な人間には、少々度し難いことをしているというかな。とても真似できない。わかるかな。ただ日々を生きるのに精一杯だ。しかしおれは、それに憧れてもいるんだよ。羨ましがるようなことではないのかもしれんが。しかし・・・・・・、ええい。なんと言ったらいいものかなあ」
主人は口ごもってしまいました。
「星作りの技は」
星作りはしばらくして口を開きました。
「手技と言うよりは、息遣いです。もちろん両手も使いますが、端的に言うとするならば。絵描きがカンバスに筆で絵の具をのせるように、彫刻家が木にのみを入れるように、私たちは石に息を吹き込みます。やっていることは、単純です。それこそ、誰にでもできる。でも、難しい。少なくとも私にとっては」
彼は考え考えゆっくりと話しました。
「ご主人は夜空に浮かぶあれらを完成品だと言いましたが、どれもいずれは流れていってしまうものだ。最後には結局なくなってしまうものなんです。だから私たちの作るものに完成などないのかもしれない。それとも、流れてはじめて完成したと言えるのかな。そもそも、私たちが手を入れられるのは夜空に浮かぶ一歩手前の形までなんだ。空に放つのはほかの人の手です。その点で、はたして星を私たち自身の作品だと言えるのかどうか」
星作りはもう一度飲み物をすすりました。その顔は深いもの思いに沈んでいました。チムニーは彼の横顔がふいに年老いたように感じました。そこではじめて、星作りは実のところ一体いくつなのだろうかと考え出しました。 すると、彼を老人だと言われてもまだ若い男だと言われても、不思議とどちらも否定できない気がしました。それでいて、そのどちらだとも言えないのです。
「いずれにせよ、私にはわからないことだらけだ。私は星を作りはじめてまだまだ日が浅いんです」
聞き入っていた主人が囁くようにたずねました。
「星っていうのは、結局なんなんだろうかね?星作りさん」
彼は静かに笑いました。
「さあ。おまじないに過ぎないという人もいますね。人の命のかけらを込めたものだという人も。何にしても、私は作り続けるだけです」
「やっぱり見てみたいな」
チムニーが足をぶらぶらさせながら呟きました。
つづく