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いとしい銀色の魚へ⑤

 おれはミワと公園で別れると、ひとりぶらぶら歩いて帰り道を辿った。頬に当たる風はまだ冷たい。けれどそれは好ましい冷たさだった。この空気を取り込むと、肺が満たされて体を流れる血液が清浄になっていく気がする。このまま季節がほどけず凍りついてしまえばいい。そしたらこの世は少しだけまともに見られるようになるだろう。
 おれは通りがかりのコンビニで、目についた色とりどりのパッケージの菓子を雑多に買い込んだ。
 アパートが近づくと鞄から鍵を取り出して、キーホルダーの輪に指を入れてくるくるともてあそぶ。
 ビニール袋をがさがさいわせながらアパートの小綺麗なエントランスに入っていく。
「佐野君」
 おれは振り返った。
「おかえり」
 ここの管理人がにこにこと気さくに話しかけてきていた。
「こんにちは」
 おれはにこりとして応えた。
 帰ってきたときに会うと、この管理人はいつもおかえり、と声をかけてくる。向こうは当然のようにそう声をかけてくるけれど、ただいま、と返すほどおれはここに馴染んでいない。ただいまなんてうっかり言い返してまった日にはぞっと鳥肌が立つことだろう。
管理人はおれの手に下げたものにちらと目を向けるなり、眉根を寄せた。
「佐野君。君はまた、何を買ってきたの」
「何って。酒なんか買ってませんよ」
「そんなにたくさん・・・・・・お菓子だね?」
 管理人は無遠慮にビニール袋の中身を覗き込んだ。
「いけませんか?」
「君ねえ。せっかく朝晩食事の出る学生マンションに住みはじめたんだ。そんなものばっかり食べていないで、ちゃんとした食事を摂らなきゃダメだよ。ここは家賃だけでもそこそこするのに、何のためにご両親が食費まで出してくれていると思ってるんだ」
中年の管理人はまるで自分がおれの父親だというように説教を垂れた。
 おれは愛想よく相づちを打ちながら、管理人の言葉がそのよく動く口から流れ尽きるのを辛抱強く待った。
「とにかく、きちんと食事は食堂に食べに来ること。あんまりひどいと親御さんに連絡するからね」
「ええ。わかりました」
 おれは大人しく頷いて管理人が管理室へ戻っていくのを見送った。
 すうっと胸が冷めていく。


つづく

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