ホムンクルスと石
大学時代、自分で映画の台本を書く課題を受けて作成したものです。
読み返して、暗すぎて自分でびっくりしちゃいました!
ただ、とある人にこれを読んでの感想をひと言もらい、それが今の自分の原点となっています。
本当に腹を切り開いて内臓を見せるように恥ずかしいのですが、また現在の私からもさらに素敵になっていけるように、「立ち返る」という意味でも最初の投稿として記事にしたいと思います。
誰しも自分の中の目の背けたくなるような部分と向き合ったからこそ、強くなっていきますね。
それでは、よろしくお願いします。
○学校・教室(夕)
だれもいない教室。
しおりだけが、ひとり机に顔を伏せている。窓から西日がひと筋差し込んで、その横顔を照らしている。
しばらくぴくりとも動かなかったしおりの目が、そっと瞬きをする。
指先で、机に落ちた光をなぞる。
いつの間にか、少女がひとり、しおりの前にある机に腰かけている。
ふと鼻歌を歌いはじめるしおり。
そんなしおりを見つめて、微笑む少女。
○川原(夕)
川原沿いの道を、学校帰りのしおりがひとり、自転車を押して歩いている。
しおりを抜かして通り過ぎていく、ランニングをする野球部員たち。河川敷の公園で遊ばせた、ちいさな子どもの手を引く母親。仕事帰りのサラリーマン。
○川原(夕)
だんだん暗くなる空。川原沿いの道を何周かして、また元の地点に戻って来たしおり。立ち止まり、スマートフォンで時間を見る。
すると、河川敷の方から、数人のはやし立てるような声が上がる。
しおりが立ち去りかけた足を止めてそちらへ目を向けると、鉄橋の下の暗がりで、ひとりの少年を、何人かの同じような年頃の少年たちが痛めつけている。
じっと見ていると、いじめられている少年が、ふとこちらを見たような気がして、しおりは慌てて立ち去る。
○アパート・中(夜)
ひとりで遅い食卓についているしおり。コンビニ弁当をつついている。
しおりが顔を上げると、ドアが開きっぱなしの脱衣所が見える。そこの洗面台で、鼻歌を歌いながら入念に化粧をしている母親。
また弁当に目を落とすしおり。もくもくと食べる。
やがて母が脱衣所から出てきて、忙しなく外出の準備をする。
母 「じゃあ、いってきまーす」
靴を履きかけて、何か思い出したよううに戻ってくる。
母 「忘れてた。しおり。これ、あんたのお父さんから。今月ぶんの生活費。あたしのぶんは抜いといたから」
しおり「お母さん。あたし、欲しいものがあるんだけど」
母 「何?」
しおり「ワンピース。ネットで見つけて。今、セール中だから、安くて」
母 「んー。じゃあ、お父さんにねだってみなよ。あたし、けんちゃんとのデートに遅れそう。じゃあね。たぶん朝まで帰らないから、明日学校行くときは、戸締りちゃんとしてね」
しおり「うん」
返事を聞くか聞かないかのうちに、出ていくしおりの母。
しおりは静かになった部屋で、また弁当に箸を伸ばす。唐揚げを箸で持ち上げて、目の前で眺める。
しおり「ばかみたい」
少女 「本当。ばかみたい」
唐揚げ越し、しおりと向かい合って、少女が食卓についている。
しおり「だれが?」
少女 「だれだって言って欲しいの?」
しおり「わかってるくせに」
少女 「そう。わかっている」
含み笑いをする少女。
少女 「お母さん。ついこの間はたっくんとデートだって言ってなかった?」
同じように含み笑いをするしおり。
しおり「今度はけんちゃんだってね」
少女 「お父さんが知ったらなんて言うかしら」
しおり「もう、とっくに知ってるでしょ」
少女 「お父さんの方が、女遊び、ひどかったりして」
しおり「忘れずに毎月、お金送ってくれるだけ、ありがたいよ」
眺めていた唐揚げを食べるしおり。
少女 「ねえ」
しおりが、ペットボトルのお茶で口の中のものを飲み下す。
少女 「あんなかわいいワンピース、しおりにはどうせ似合わないよ」
しおり「……そうだね。どうせ、似合わない」
少女 「あんなの着て歩いてたら、きっと笑われる」
しおり「うん」
しおりはまた唐揚げに箸を伸ばす。
少女 「また揚げ物のお弁当。ダイエットでもしたら? 今日、一キロ増えてたでしょ?」
しおりが箸を伸ばす手を止めて、置く。
○アパート・台所(夜)
しおりの鼻歌。
残った弁当を三角コーナーに捨てながら。
○川原(朝)
川原沿いの道。ぞろぞろ登校していく学生たち。
間を縫って、急いで自転車を走らせるしおり。
前方で何かはやし立てるような声。見れば、またあの少年がいる。たくさんの鞄を持たされて、他の少年たちにちょっかいをかけられながら歩いている。
しおりは目を伏せて、その横を走り抜ける。
わっと後方で声が上がって、少しだけ振り返ると、少年が倒れ込んでいる。
しおりは前に向き直り、笑い声を背にペダルを踏み込む。
○学校・教室(昼)
休み時間。ざわつく教室。
窓際の席で、ひとりぼんやりしているしおり。
少し離れた席で、何人かのクラスメイトたちがわいわいしている。
女子1「うそお。アヤカ、来れないの?」
女子2「ドタキャン、ごめーん」
女子1「じゃあ、ヒロミは?」
女子3「聞いてみたけど、今日はバイトでムリだって」
女子1「えー。これじゃ絶対、人数足りないじゃん」
女子2「だれか他にひまな子いないの?」
女子1「うーん」
クラスを見渡して、しおりを見つける女子生徒。ひそひそ声になる。
女子1「あのひとは?」
女子3「あー。あのひとねー」
女子2「名前なんだっけ?」
女子1「なんだっけ?」
女子3「ばーか。泉さんでしょ」
女子1「てか、存在感なさすぎ」
女子2「どうする? 聞いてみる?」
女子1「やだー。あのひと、暗いもん。一緒にいたらカビ生えそう」
くすくす笑い合う女子生徒たち。
じっと窓の外、川原の方を眺め続けるしおり。
○学校・女子トイレ(昼)
個室から出てくるしおり。手を洗う。ちいさく鼻歌を口ずさむ。
顔を上げると、その鏡の中に少女がいる。しおりの背後、トイレの個室の扉によりかかっている。
少女 「どうかした?」
しおり、鼻歌を続けながら、ポケットのハンカチを取り出して、手を拭く。
ばかにするように、じっとしおりを見つめる少女。
やがて、ハンカチをポケットにしまうしおり。
しおり「……どうもしない」
少女 「誘って欲しかった? あのひとたちに」
しおり「……そうかもしれない」
少女 「ばかみたい」
しおり「うん。ばかみたい」
少女 「あんなに笑われているのに」
しおり「うん。カビ生えそう、だって」
少女 「ばかにされてまで、あのひとたちの仲間に入れてほしかった?」
しおり「たぶん」
少女 「ばかね」
しおり「うん」
含み笑いをする少女。
そのとき、女子生徒が二人、話しながら入ってくる。そちらに気をとられて、それからまたふと鏡を見るしおり。そこには自分の顔が映っている。少女はいない。
○学校・正面玄関(夕)
げた箱の前で、カッパを羽織るしおり。上履きと交換した靴を履き、外に出る。カッパを叩く水滴。どんよりと曇って雨を落とす空を見上げる。
○川原(夕)
カッパ姿で、自転車を押しながらもくもくと歩いているしおり。川原沿いの道を、二周目に差し掛かった時、鉄橋の下で数人に殴る蹴るされている少年を見つける。少年は抵抗していない。されるがままに見える。
雨で、音は何も聞こえない。
見つめながら、通り過ぎるしおり。
○川原(夕)
三周目に差し掛かる。鉄橋の下を見ると、少年たちはいない。いじめられていた少年だけがひとり、膝を抱えてうずくまっている。
○川原(夕)
四周目。ぴくりとも動かず、まだ少年がいる。
立ち止まって、じっと少年を見つめるしおり。
少女 「気になる?」
いつの間にか、しおりのすぐ背後に立っている少女。傘も差していない。
うなずくしおり。ゆっくりと、自転車を道から外そうとする。
少女 「やめたほうがいい」
動きを止めるしおり。
けれど、やがて慎重に自転車を押して坂を下り、河川敷へ下りる。鉄橋の下、少年の方に近づいていく。
しおりが離れていくのを、そのままじっと目で追う少女。
○川原・鉄橋の下(夕)
ぽたぽたと水滴が落ちてくる薄暗い鉄橋の下。
少年は、しおりが近づいてもぴくりともしない。
なるべく水滴の当たらないところに自転車を止めるしおり。自転車の側面に引っかけてあった傘を外す。こわごわと少年に近づく。
近くで見下ろすと、制服が泥だらけの少年。しばらく動かないふたり。
しおり「ねえ」
しおりのちいさな声に、少年がゆっくりと顔を上げる。泥だらけの顔。
しおりがおずおずと傘を差しだす。
黙ってその傘を見つめる少年。
しおり「これ、使って、もう帰りなよ」
ぼうっと見上げ続ける少年。
しおりは少年の傍らに傘を立て掛けて、急いで自転車の方に戻る。
淳史 「ねえ」
自転車を押して鉄橋の下から出ようとしていたしおりが、ぎくりとして振り返る。
しおり「なに」
無言でまじまじとしおりを眺める少年。
しおり「なに?」
しばらくして、少年が首を傾げる。
淳史 「今日も、散歩?」
しおり「え?」
淳史 「いつも、そこの道、歩いてるから」
無言で見つめあうふたり。雨の音と、鉄橋を通り過ぎる電車の雑音。
○学校・廊下(朝)
だれもいない廊下。
だれかを探すように、しおりが教室から顔を出して左右を見る。
○川原・鉄橋の下(夕)
夕方のまだ明るい時間。しおりと淳史が、らくがきされた鉄橋の柱にもたれて立っている。近くには、しおりの自転車が止めてある。
淳史 「栄咲高だよね。その制服」
しおり「うん」
淳史 「頭良いんだ。それに、金持ち」
しおり「……お父さんが、学費、払ってくれてる。会社の専務なんだって。今、離れて暮らしてるけど」
淳史 「ふうん。いいな。どういう仕事してんの?」
しおり「……それは、よくわかんないけど」
淳史 「ふうん」
しおり「石川くんは? どこの中学校?」
淳史 「おれ、一中。公立の」
しおり「お父さんは、何の仕事してるの?」
淳史 「おれん家、父さんはいない。昔、おれがちいさい時、どっかの女と蒸発したって」
しおり「そっか。じゃあ、お母さんは?」
淳史 「母さんは、夜、働きに出てる。言わないけど、たぶん風俗」
しおり「ふうん」
淳史 「おかげで、おれ、クラスのやつらにボコボコにされてんの。ヤリマンの子どもだとかなんとかって」
しおりはどうしたらいいかわからず、あいまいに笑って、淳史を見下ろす。
淳史 「泉さんは?」
しおり「え?」
淳史 「母親は、何してんの」
しおり「何って?」
淳史 「いつも家にいんの? 家事とかする?」
しおり「……うん」
淳史 「飯、作ったりする?」
しおり「……うん。たまに、コンビニのお弁当だったりするけど」
淳史 「ふうん。いいな」
黙って、傾きはじめた夕日に輝く川を眺めるふたり。
淳史 「ねえ」
しおり「なに?」
淳史 「明日も、放課後、一緒にいてよ。泉さんといれば、あいつら、おれに手を出せないから」
しおり「わかった。いいよ」
川を眺める淳史の横顔を、じっと見下ろすしおり。
○川原(昼)
学校の体育の授業で、川原沿いの道を走っているしおり。他の女子生徒たちにどんどん抜かされて、ひとりになる。立ち止まり、膝に手をついて、息を整える。
何か気になって、ふっと後ろを振り返る。だれもいない。
すると、遠くから、体育の教師が吹く笛の音と、怒鳴り声。
教師 「こら、泉! 休むな!」
慌てて前を向いて、また走り出すしおり。
○川原・鉄橋の下(夕)
天気雨が降っている。ぽたぽたと鉄橋の下にも落ちてくる水滴。
雨を避けて、淳史が先に鉄橋の下に駆け込んでくる。
次にしおりが、カッパを着て、自転車を手で押しながら橋の下に入る。
しおり「変な天気だね」
言いながら自転車を止め、フードを脱ぐしおり。
ぶるぶると頭を降って水滴を飛ばす淳史を見て、顔をしかめる。
しおり「ちょっと。滴、飛ばさないでよ!」
淳史 「濡れたんだからしょうがないじゃん」
しおり「もう。わたしの貸した傘、どうしたの?」
淳史 「今日、天気予報、晴れだったし。持ってくるわけねーよ」
しおりが取り出したハンカチを淳史に差し出す。
淳史、ふと口をつぐんで、じっとハンカチを見る。
淳史 「……いいの?」
しおり「いいよ」
淳史 「汚れるよ」
しおり「いいから」
ハンカチをおずおず受け取る淳史。
淳史を見下ろして、しおりが優しく声をかける。
しおり「そうだ。この間のマンガの続き、持ってきたけど、読む?」
淳史 「あ、読む!」
しおり「コンビニでポッキーも買ってきたから、一緒に食べよ」
淳史 「ありがと、泉さん!」
顔を輝かせる淳史を見て、得意満面のしおり。
やがて、雨が止んでいく。
○アパート・中(夜)
ひとりでいつものように食卓についているしおり。
カツ丼のカツを食べようとして、ふと箸を止める。カツ越しに、食卓の向かい側を見るが、だれもいない。
箸で持ち上げたカツに目を戻して、思い切ってかぶりつく。もう、食卓の向かい側は見ない。完食する。
○川原・河川敷(夕)
しおりと淳史が、川原でちょうどよさそうな石を物色している。しおりがしゃがみ込んで、丸く平たい石を拾う。
しおり「これは?」
淳史 「いいかも」
淳史が石を受け取って、川にそれを投げ込む。石は二回、水面で跳ねて、見えなくなる。
淳史 「うーん、いまいち。この前は、おれ、五回くらい跳ねさせるの、成功したんだけど」
しおりが、また石を拾って、淳史に見せる。
しおり「これは?」
淳史 「もっと平たいやつ、ない?」
しおり「うーん」
淳史 「泉さんも、やってみたら?」
しおり「わたしはいいよ。どうせ一回も跳ねないもん」
淳史 「やってみなきゃわかんないじゃん」
しおり「いいの。わたしは、見てるだけで。石川くんのほうが上手いんだから」
淳史が顔を上げて、うつむいて石を探すしおりの、夕日に照らされた横顔を見つめる。
その視線に気づいて、身を起こすしおり。
しおり「なに?」
淳史 「泉さん、おれのこと好き?」
しおり「え?」
淳史 「おれ、泉さんの弟になりたい。彼氏でもいい。泉さんと結婚したい。そしたら、おれ、たぶん、すごい幸せになれる。あ、もちろん、泉さんのことも幸せにする」
しおり「石川くん、何言ってんの?」
淳史 「おれ、わりと本気だよ」
言葉を失うしおり。
しばらく黙って見つめあうふたり。
そのうち、へらっと笑い出すしおり。淳史に背を向ける。
しおり「ばっかじゃない」
また石を探すふりをして、うつむきながらあたりを歩くしおり。
その様子を、淳史がじっと見ている。
淳史 「……泉さんってさあ」
しおり「なに? もうばかなこと言わないでよ。ほんと、ありえない」
淳史 「……何でもない」
淳史もしおりとは反対側を向いて、しゃがんで石を拾う。
そっと振り返って、淳史の背中を見るしおり。静かに胸を押さえる。
○学校・教室(昼)
相変わらず、自分の席でぼんやりしているしおり。
そこへ遠巻きにひそひそ話をしていた数人のクラスメイトたちが、わざとらしく親しげにしおりへ呼びかけながらやってくる。
女子1「いーずみさーん」
しおりがそちらに顔を向けると、クラスメイトたちがしおりの机を囲む。
女子1「ね。泉さん、最近、彼氏できたの?」
しおり「え?」
女子2「一中の子らしいじゃん。泉さんて、実は、年下が好きだったんだ?」
くすくすと笑い合う女子生徒たち。
女子3「どうなの? そんなにかわいい子なの?」
戸惑って、女子生徒たちを見回すしおり。
しおり「……それ、もしかして、石川くんのこと?」
女子1「ほらー!やっぱり!石川淳史!」
女子2「本当だったんだー!」
女子3「うわー。マジで?」
しおり「え。知ってるの?」
女子2「当たり前じゃん! あの子、めちゃめちゃいじめられてるよね」
女子1「そうそう。毎朝、他の子の鞄持たされてさあ」
女子2「泉さんて、いっつも朝イチで学校来てるから見たことないんじゃないの?」
女子3「わたしの妹の友達が一中で、その子と同じクラスらしいんだけどさー。ほんっと、ひどいって。先生が何回注意してもだめで、もう諦めちゃってるらしいよー」
女子1「えー。それで親とか、何も言わないの?」
女子3「だって、その親がいじめの原因だもん」
女子2「あー。あれか。風俗か」
女子3「うん、詳しくは知らないけど、ソープで働いてるってうわさがあるらしいよ」
女子1「マジで?」
女子2「あちゃー。これは、やめたほうがいいんじゃない? 泉さん」
女子3「家もジリ貧で、すごく汚いって」
女子1「泉さん、そんな子のどこがいいの?」
女子2「本当に、やめたほうがいいよ、泉さん。きっとたかられちゃうよ?」
何も言えないしおり。逃げるように、窓の外、川原の方を見る。
○川原(夕)
うつむきながら、自転車を押して、いつものように川原沿いの道、鉄橋の近くへやってくるしおり。
何か騒ぐ声が聞こえて、鉄橋の下へ目を落とすと、淳史が何かを抱えてうずくまっている。その背中を数人の少年たちが蹴りつけている。
はっとして立ち止まるしおり。動けない。
雨は降っていないから、少年たちが何を言って淳史を痛めつけているのかが、聞こえてくる。
少年1「ばーか!」
少年2「ヒモ野郎!」
少年3「気色悪ぃんだよ!」
少年たちはしおりに気づかない。
しかし淳史は確かにしおりを見つける。助けて、と、声にならない悲鳴を上げる。
しおりは動けない。ただ、立って、魅入られたように淳史が痛めつけられる様子を凝視するだけ。
○川原(夕)
しおりが暮れかかる空の下、自転車を押しながら川原沿いの道をひたすら歩いている。何周もして、やっと鉄橋の近くで立ち止まることができる。
鉄橋の下には、淳史がうずくまった姿のまま、ぴくりとも動かない。少年たちはすでにいなくなっている。
しおりはゆっくりと、河川敷に自転車を押して下りていく。
○川原・鉄橋の下(夜)
動かない淳史を見下ろすしおり。
しばらくして、淳史がゆっくりと起き上がる。抱えていた、しおりの傘も拾い上げる。
しおりが自転車のかごから、コンビニ袋を取り出して、おもむろに淳史に差し出す。
しおり「お菓子、買ってきた」
淳史「……」
しおり「期間限定のやつ。石川くんの好きなポッキーと、飴と」
淳史「……」
しおり「あと、マンガ。石川くんが面白いって言ってたやつの、最新刊」
しおり「ぜんぶ、あげる」
淳史 「……」
しおり「あげるから」
淳史の胸に袋を押しつけるしおり。淳史は受け取らない。
やがて、うつむいていた顔を上げる淳史。静かに、まっすぐに、しおりを見る。
しおりは、動けない。
淳史 「おれ、泉さんのこと、嫌いだ」
しおり「……」
淳史 「違うと思ったけど、やっぱりそうだ。おれをいじめるやつらと同じ。あいつらより、もっとむかつく。おれのこと、すげー見下してる。そのへんに転がってる石ころみたいに、蹴って転がして、遊んで。それで当然だと思ってる」
しおりは、また淳史に袋を押しつける。ごまかすように、笑おうとしている。
しおり「……」
淳史 「もういいよ」
しおり「……あげる。欲しいもの、なに? 何でも、買ってあげる……」
淳史が突然、強くしおりの胸に傘を押しつける。よろめきながら、思わずそれを手に取ったしおりを、今度は引き寄せて、ぶつけるように唇に唇を押しつける。そしてまた、力いっぱい突き飛ばす。しおりが地面に尻もちをつく。
淳史 「あんたが嫌いだ! 大嫌いだ!」
しおりを見下ろし、叫ぶように言って、淳史はすぐに背を向けて、去って行く。
○川原・鉄橋の下(夜明け)
膝を抱えて、座り込んでいるしおり。
ぼんやりと明るくなってきた川原を眺めている。
○川原・河川敷(夜明け)
いつの間にか、川のそば、しおりに背を向けて少女が立っている。
しおりがゆっくりと立ち上がり、少女の傍らに並ぶ。
しおりが、ふとうつむいて、しゃがみ込み、川原の石を拾い出す。
しおり「……わたし」
いくつかの石を手に持って、その重さや形を確かめながら、つぶやく。
しおり「わたしが、嫌いなの」
少女が、黙って微笑みながらしおりを見下ろす。
少女 「そうでないと」
しおりがひとつの石を拾って立ち上がる。
少女 「わたしは、しおりを好きになれない」
しおり「……ねえ」
しおりが少女と向き合う。
しおり「わたしを、愛して」
少女が微笑みながら、しおりの体に手を伸ばす。
少女 「愛している。わたしだけが、しおりの嫌いなしおりを愛している」
しおりをそっと抱きしめる少女。
しおりは抱かれるままに、静かに鼻歌を歌い出す。
夜が明けていく。
○イメージ
しおりの手からするりと滑り落ちた石が、泉の中に落下して、深く深く沈んでいく。泉の水面はわずかに波立つけれど、すぐに鏡のように平坦になり、凍てついて、少しも乱れることがなくなる。それはだれも近づくことのない、荒れた、さみしい泉。