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ブルーマンデー④(完)

「ばかじゃないの。」
 夜の道を自転車で通り抜け、学校で彼女に会うなり、僕は言い放った。
 雨が降ったせいもあり外は肌寒い。風も強かった。
 息切れがして、思わずしっとりと湿った地面に座り込む。ひょいと上を仰ぐと、二階の図書室の窓からのぞく、彼女の気まずげな顔が見えた。
「僕が起こしたっていうのに、二度寝したのか。今さっき目が覚めたらもう夜中で?図書室も、学校も鍵をかけられて。」
 聞いている吉川さんは、僕を見下ろし弱々しく笑う。
「司書の先生はどうしたの。気づいて、起こしてくれなかったのかよ。」
「うん。気づかないまま図書室を閉めたみたい。」
あの耄碌(もうろく)じいさん。確認くらいしたらどうなんだ。
 こんなに馬鹿げた話があっていいのか。
「しょうがないよ。あの時は薄暗かったし、私もいつもの陰になるところにいるから。」
 僕は立ち上がり、捨て鉢になって叫んだ。
「扉を壊して出てきたら。じゃなきゃそこから飛び降りる。」
 吉川さんは自分のことは棚に上げ、僕に心底呆れた顔をしてみせた。
「管野が受け止めてくれるならね。でもお互い、骨を二、三本折るかもしれないよ。扉も無理。私が運動オンチなことを知ってるでしょ。それに、夜に学校にいることだけでも問題なのに、挙句、暴れて物を壊したとなったら、先生たちがなんて言うか。私は停学やなんかはごめんなんだけど。」
 僕は大きくため息をついて、また座り込んだ。
「朝になって、誰か先生が来るのを待つしかないか。連絡先なんてしらないしなあ。」
 寒さに腕をさすった。五月のあたまだというのに、夜はこんなに冷えこむのだ。
 空を見上げると、雲がみるみる風に飛ばされていく。星や月がのぞいている。明日の朝は、よく晴れることだろう。
 ふいに上から何かが落ちてきた。カーディガンだ。風で煽られないよう、袖に重しとして筆入れが結ばれている。
「掛けてなよ。」
 吉川さんの声が、頭上から降ってきた。
 礼を言い肩に掛ける。女物のカーディガンは袖を通すには少し小さいものの、十分にあたたかかった。
「そういえば、家の人は心配してないの。」
「運がいいんだか悪いんだかわからないけど、今日は偶然、二人とも家にいないんだ。お母さんは友達と旅行で、お父さんは出張。管野こそ心配されない?」
 僕は首をかしげた。
「どうだろう。まだ全員寝てるから。でもまあ、事情を話せば大丈夫だと思う。」
 吉川さんは突然口をつぐむと、ぼそぼそと謝った。
「ごめん。迷惑をかけて。」
「いや。……僕のせいでもあるから。」
 彼女や司書の先生のせいだとばかり思っていたが、考えてみれば、並大抵のことでは起きない吉川さんを知っていながら、さっさと帰ってしまった僕にも非はある。
「ごめん。次は引っ叩いてでも、必ず起こす。」
 彼女は困ったように笑った。それから、唐突にたずねた。
「メランコリーは、解消された?」
「昨日の今日だよ。されてない。」
 風に紛れるようにまた笑い、吉川さんは明るい月を仰いだ。
「大丈夫だよ。管野は人から嫌われる人じゃない。ただ、そうでもないくせに、生真面目でおとなしそうに見られてるんだよ。」
「そう言うのも失礼な話だけど。」
 僕はあたたかくなり、さっきまでは引っ込んでいたはずの睡魔と闘っていた。ぼんやりと、足元の地面に根を張る、つぼみを閉じたタンポポをつつく。できることなら揺さぶり起こしてやりたかった。好きなだけ眠っていられる花が、今はうらやましい。
 窓枠にもたれ、吉川さんも欠伸をしたようだった。
「腐るほど寝たくせに、まだ眠いのか。」
「うるさいなあ。眠いものは眠いの。」
 ゆったりとして穏やかな彼女の口調が、さらに眠気を誘う。
 もう一度聞こえた頭上の欠伸で、僕はとうとう睡魔に負けた。
 
 長い夜が明け、眩しい太陽が昇るころ、僕たちはすっかり眠りこけていた。
 まとわりついていた明日の憂鬱は、実にあっさりと、朝日の中へ溶けていった。


おしまい

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