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金曜の獏②

 
まだそれほど年を食っていないくせに白髪が多く、誰が見ても広すぎるでこをもった莉々の父親、康則さんが突然訪ねてきたのは、つい二週間前のことだった。
 相変わらず、家でひとりだらだらしていた僕は、玄関先に彼が立っているのを見て、心底驚いた。慌てて散らかったリビングの物を別の部屋に押し込み、あがってもらい、お茶を出すと、康則さんからさっそく莉々や多希子さんの話を持ち出された。
 多希子さんが精神を病んでいる。彼女の実家に帰って療養させたい。それには自分も一緒に行ってやりたいのだが、娘がいる。一ヶ月でいいので、こちらで娘を預かってはもらえないか。
「それなら近所の人とか、もっと面識のある人間に頼んだ方がいいんじゃないですか?
 わざわざ、交流の少ない親戚に預けなくても。ここは、ほとんど僕の一人暮らしのような状態ですし、僕といい両親といい、とても面倒見がいいとは言えませんよ。突然そんな環境のなかに放り込まれたら、莉々ちゃんだって戸惑うでしょう。」
「いや。私は、きっと亮介君なら、莉々の面倒をよく見てくれると思うよ。」
 康則さんは一見優しそうな、だがどことなく暗い目をして微笑んだ。
 僕はどうにも居たたまれなくなって、彼に早く帰ってもらいたいがために、結局はその話を了承した。
 康則さんをさりげなく玄関へと急かしながら、康則さんは莉々のことが邪魔なのだ、と思いついた。そして彼の口調から、多希子さんの病気の原因がその子にあることにも、なんとなく気がついてしまった。
 私があとで電話を入れておくけれど、亮介君からもこのことをご両親にお話しておいてね、と彼は言い残していった。
最初から最後まで、前髪の生え際を、神経質そうに気にしていた。

 
 風呂上り、僕は、莉々が本当に康則さんのようなでこにはなりませんように、と念じながら両親の寝室に向かった。
 ドアを開けると、そこには案の定、莉々がまだ眠らずにベッドに座り、僕が来るのを待ち構えている。 
 僕は片手に抱えていた、押入れから引っ張ってきた童話の絵本を、五冊ほど彼女に見せた。
「はい。今日は何の話にしようか、リリー。」
「ねえ。どうして本を読むときになると、わたしのことをそう呼ぶの?」 
 莉々は嬉々としてめくりだした絵本のページから顔を上げて、首をかしげた。
「なんだかそれらしいじゃない。そのパジャマが。」
 莉々は、いつも夜には、このたっぷりとレースやフリルで飾られた、お姫様のドレスのような服を着ている。あんまりな趣味なので、もっと他の服はないのかと前に聞いてみたが、どうやら家から持ってきたパジャマは、みんなこれと似たようなものらしかった。
「いくら何でもこの飾りはやりすぎだよ。どうしてこんな物を買ったの?」
「お母さんがつくったんだよ。」
 莉々はレースの端を指でつまんだ。
「すごいって思うけど、わたしもこういうのはきらい。でも、そう言ったらお母さんが泣きそうだったから、着てるんだ。」
「……そう。」
「亮介くん、これがいい。」
 莉々が本を差し出した。
 僕は、そのページを見つめた。
「やっぱり、絵本をはやめた方がいいかな。」
「なんで?」
「変な夢を見るんだろう?」
「今日は金曜日じゃないから、へいきだよ。」
 当たり前という顔で、莉々は言った。
 僕は少し呆れたが、気を取り直して本を持ち直した。
 今宵は、『シンデレラ』。


つづく

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