抗炎症・神経保護のメカニズムによる脳の健康維持の可能性 神経炎症に対するケルセチンの効果
炎症と神経毒性によって脳にダメージ
学術顧問の望月です。2023年6月9日の記事では、認知機能と脳の血流に対するケルセチンの効果をご紹介しました。脳に関連する「The Potential Benefits of Quercetin for Brain Health: A Review of Anti-Inflammatory and Neuroprotective Mechanisms」という論文が公開されていたので、今回はこちらを確認していきます。2023年に『Int. J. Mol. Sci.』に掲載されたもので、抗炎症と神経保護のメカニズムと脳の健康に対するケルセチンの潜在的な利点がレビューされています。
脳の病気の発症や進行、脳の損傷に関わる神経炎症は、脳内におけるさまざまな刺激に応答した免疫細胞の活性化と炎症性メディエーターの放出を含む複雑なプロセスによって起こるものです。慢性的な炎症は、いくつかの経路を介して細胞の機能を変化させていきます。免疫細胞が放出するサイトカインやそのほかのシグナル伝達に関わる分子によって、細胞や組織に影響が及んでしまうのです。
神経炎症性シグナル伝達は神経炎症を引き起こし、それが神経毒性となってさらなる炎症や神経変性を引き起こすと考えられています。近年の研究では、PM2.5への曝露が神経炎症の引き金になることも明らかになってきました。アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患や脳卒中を含むさまざまな脳の障害の治療や予防には、神経炎症性毒性のメカニズムを理解する必要があります。
レビューでは、神経炎症性毒性のメカニズムとともに、抗炎症作用や神経保護作用を持つ天然産物を用いた神経変性疾患や脳の障害の治療の可能性が整理されています。具体的な天然産物として挙げられているのが、ブドウやベリー類に含まれるレスベラトロール、ターメリックに含まれるクルクミン、タマネギやリンゴに含まれるケルセチンです。今回の主役であるケルセチンは、不二バイオファームで製造している発芽そば発酵エキス(発酵そばの芽)にも含まれています。
フラボノイドの一種であるケルセチンは、抗酸化や抗炎症に関わる特定のシグナル伝達経路の活性を調節する能力を持っています。これは、炎症の抑制や神経保護の機能があるといい換えることが可能です。ケルセチンが抗炎症効果を発揮するメカニズムは、これまでの記事でも解説してきたとおり、多岐に渡ります。レビューで挙げられているメカニズムの一つが、エネルギーの生成と利用のバランスを取っているAMPKという細胞内のエネルギーセンサーの活性化です。
炎症のシグナル伝達を調節して神経を保護
先ほど、神経炎症性シグナル伝達に伴う炎症と神経毒性の悪循環についてふれましたが、脳内の炎症にはNF-κB経路とNLRP3インフラマソーム経路が関与していることがわかっています。これらの経路の活性化は、神経変性疾患の発症と環境汚染物質への曝露と密接な関係にあることも明らかになっています。
ケルセチンによってAMPKが活性化すれば、NF-κBを含む炎症促進性シグナル伝達経路の活性化が阻害されます。ケルセチンには、神経炎症毒性の発現に関わるNLRP3インフラマソームの活性化を抑制する働きがあることもわかっています。これらの研究が示唆しているのは、ケルセチンによって炎症と神経毒性の悪循環を断ち切れる可能性があるということです。
レビューでは、動物を用いた病態モデルにおけるケルセチンの効果に関する複数の論文をもとに、神経変性疾患や脳の障害に対するケルセチンの働きを整理しています。作用機序などの詳細は割愛しますが、それぞれの研究の概要を簡単にご紹介していきましょう。
ケルセチンは、アミロイドβの凝集と神経炎症を軽減することで、アルツハイマー病などの神経変性疾患に対して保護的に働くことが示されています。さらに、中脳の一部を占める大脳基底核の構成要素の神経核の一つである黒質の神経炎症と酸化ストレスを軽減することによって、神経保護効果を発揮することも報告されています。この脳領域は主にパーキンソン病による影響を受けるところです。よって、ケルセチンはパーキンソン病の治療薬としての可能性も示唆されています。
脳卒中に対しても、ケルセチンは効果を発揮します。脳の損傷を軽減して、神経学的転帰を改善することによる神経保護効果をもたらすことが確認されているのです。また、PM2.5によって誘発される神経炎症毒性の改善にも効果があります。神経炎症・酸化ストレス・アポトーシスを軽減することで、神経保護効果が得られることが確認されているのです。
ポイントのみとなりましたが、神経炎症毒性と神経保護に対するケルセチンの働きをご紹介してきました。著者らは、「これらの研究は初期段階にある。ケルセチンの潜在的な利点を明確にするには、さらなる研究が必要」としています。脳の領域におけるケルセチン研究の進展を、今後も見守っていきたいと思います。
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