ナマケモノとネズミ No.1

 恋人は欲しい。俺ももう、アラサーになるのだし、結婚も考えている。だから次の恋人は真剣に考えて、真剣に選ぶつもりである。俺も若い頃は色々な恋愛をした。色んな女性とセックスをしたし、色んな女性と恋をした。でももう燃えるような熱い恋愛はしなくていいと思っている。そんなものよりも、もっと安定している恋愛をしたいと思うようになっている。俺はもう子供ではない。俺はそれなりの経験を積んできて、それなりの問題も抱えているけれども、どんな困難なことでも一緒になって乗り越えてくれる相手を探している。俺には恋愛における拘りがある。絶対に職場の女性とは交際しないのである。仮に組織内の女性と交際をして、別れてなんてことをしたら相手と気まずくなったりなんなりするから嫌なのである。元々俺はオンラインゲームが好きで、ネットには片足を突っ込んでいた。だから様々なコミュニティーが存在していることを知っていた。だから俺がこのコミュニティーを見つけ出すのはそう難しいことではなかった。
 とあるアプリケーションの中にあるコミュニティーの名前は『ロマンス劇場』であった。余りにも有り触れていて、露骨で恥ずかしくダサい名前だがそのコミュニティーはかなり有名だった。そのアプリケーションの使用している日本人ならば皆、少なくとも名前くらいは耳にしたことのあるようなものである。だから俺も当然その名前やそのコミュニティーの方針を知っていたので、そこで恋人を探そうと思ったのである。
 昨年の九月にコミュニティーの部屋に入り、三か月後の十二月に恋人ができたが、僅か一か月で別れた。原因は彼女が腐っていたからである。セックスすらしていない。俺は彼女を大切にするという覚悟を持って交際を申し込んだのに、彼女はそれをいとも簡単に裏切った。彼女は二股をしていた。俺はその時、憤慨はしなかった。俺にそんな権利はないからである。かつて俺はその彼女と同じ過ちを犯したからだ。それがどれだけ許されないことか、俺はもう知っている。幾度となく俺はその過ちを犯したが、ある女性にあることを言われて俺はそれをやめた。だから俺は彼女と話し合いの結果、別れることにした。彼女と別れた今でも、俺はこのコミュニティーに居続けた。今度は浮気をしない誠実な彼女を見つけるのだと、心から誓って。
 四月の中旬、俺はいつものようにコミュニティーの部屋にログインして馴染みのユーザーと雑談をしていた。勿論そこには男も女もいて、恋愛目的で俺と話してくれていると噂の女性もいた(俺はその女性とは恋愛をするつもりはない)。その日はイベントをしていたが、俺は参加するつもりはなかった。参加しても新顔なんてそんなにいないし何より、ここの女性は積極性に欠けるからである。自分から話そうなどしない。全ての話題を男性が振る。そんなの話すつもりがあるのかすら疑われるような女性となど積極的に話したくもないし、恋愛などもってのほかである。しかし、少し親しいコミュニティーのスタッフが「人数が少ないから来てくれ」と言ったので俺は仕方がなく参加することにした。すると最近よく見る名前の女性が参加していた。今まで話したことがなかったが、特徴的なアイコンが少し気になっていたのだ。その日のイベントはリレー形式の個人座談会だった。女性の名前はマウス。なぜネズミなのか分からないが、アイコンはいい。ネット上の女性は専らおかしなアイコンを使用していることが多い。いかにもメンヘラチックな病んでいそうな女の子のイラストなど。でもマウスちゃんは落ち着いた眼鏡の女性のイラストをアイコンにしていた。マウスと言う名前もそうだが、おかしな人を連想させる要素が一ミリもない。
 いざ、マウスちゃんのいるボイスチャットルームへ入る。俺の入ったピロンッと言う音の後の少しの沈黙の後、俺が挨拶しようとしたらマウスちゃんが先に挨拶をした。
 「こんばんは、初めまして。」
 「初めまして、なまけんと言います。」
 「なまけんさん。宜しくお願い致します。」
 『宜しくお願い致します。』なんて、どうしてそんなに礼儀正しくなれるのか。ここの女性にしては本当に珍しい。大体の女性がため口にずかずかと話すのに、なんて素晴らしいことなのである。と俺は思った。マウスちゃんは挨拶をした後もずっと礼儀正しく話し続けたが、ちゃんとした会話を成り立たせることもできた。ここまで言うと馬鹿にしているのかと思われるかも知れないが、これは凄いことなのである。このネット内の女性の多くは礼儀もコミュ力もないのが殆ど。マウスちゃんのような女性はほんの一握りなのだ。
 「じゃあ、また話しましょう。」
 と言った後、俺は数日マウスちゃんと話す口実を考えたが、結局話すことはできなかった。
 一週間経っても、緩志郎は『マウスちゃん』のことばかり考えていた。あのミステリアスな、謎多きマウスちゃんは本当はどんな人なのか。どんな姿をしてどんなことを考えるのか。そのミステリアス女性の『マウスちゃん』のプロフィール兼自己紹介文を何度も何度も読み返した。その内容は次のようなものだ(自己紹介はテンプレートがある)。
 ・名前:マウス
 ・年齢:21歳
 ・誕生日:1月18日
 ・趣味:読書とオンラインゲーム
 ・動物に例えると:トラ
 ・所在:埼玉県
 ・好きなタイプ:高身長、リードしてくれる
 ・嫌いなタイプ:能無し
 ・最後に一言!:よろしくです。
 こんなにもやる気のない自己紹介文はあるのだろうか?ましてや女の子の自己紹介文なんて、もっとキラキラしているものではないのか?本当は雑談をしたいだけなのかも知れない。などの思いを繰り返し頭でリロードさせていた。それに自分が彼女の好きなタイプには全く当てはまらないのが気に食わない。まぁ、それは誰でも一緒か。と緩志郎は考えるのをやめたのであった。

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