百合樹 第一章いつだっていつだって始まりは ⑦ 約束
第一章
いつだっていつだって始まりは
気づけば目に止まる、性分のせいだろうか。
いや、もうすでに鳴り始めているのだが、当人が気づいていないだけのこと。
それは、往々にして、日常の中に起こりうるのである。
約束
知らない地で他人と過ごすとき、集合時間の取り決めは重要である。
島根にいる間、一人でいる時間もしばしばあったが、そんな時は夕飯のための集合時間だけをきちんと決めて彼と待ち合わせる。
遅刻は、するのも、されるのも嫌いなのだ。
そもそも、待たせ待たされつが好きではない。
(これに関しては、この文章を書いている今も変わらないが、だいぶ許容出来るようになった。)
そんな時間の取り決めをしたあとは、漫画を読んだりしながら暇をつぶして過ごす。
一人でいる時間は思ったより長く、振り返れば、単行本にして七十四巻もある作品を読破するほどだ。(今考えると、とんでもない時間である。)
ただ、なにも本当に漫画だけを読んでいた訳ではない。
もちろん勉強だってしていたし、地元の人に連絡を取り、雑談したりもしている。
よくよく考えれば、一人でいる時は、日常とあまり変わらない生活をしていたのかも知れない。
普段と変わらないと思えてくる、そんな一人の時間に、突然その瞬間はやってくるのだ。
私は、日常の中の黒いティーシャツの正体を不意に思い出す。
『そう、あれは、私が今最も好きなバンドのティーシャツだったではないか。』
私は、すぐさま日常に返った。
あれを着ていたのは誰だったろうか。
そうだ、女性だ。
名前はなんといったか。
日常の中を彷徨って、ほどなく思い出した。
私は、非日常に戻り、すぐに携帯電話を起動する。
『CDを持っているかも知れない。借りよう。この人なら今の自分に大いに共感してくれるだろう。』
なぜか胸を高鳴らせる私だが、連絡先を見つけ出すのに少し苦労している。
ない。
一瞬だけ困惑する。
(当時を思えば、これは当然のことだ。その時の文句は当人に改めて言ってもよいかも知れない。)
連絡先を見つけた私は、自己紹介をほとんどすっ飛ばして
『このバンド好きですよね。』
と、女性にメッセージを送る。
好きだと答えた彼女は、私が日常に帰ったその暁には、持っているCDを貸すと約束してくれた。
その瞬間、非日常を満喫しながらも、味気なかった日常に早く帰りたいと、胸躍る私が確かにいたのである。
多分、この時、耳元では青い春が鳴っていた。
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