百合樹 第四章必ず終わりが来るから、せめて ⑤ 渦中
第四章
必ず終わりが来るから、せめて
物事を選んだとき、そこに正しい答えがあったはずだと信じてやまない。
ただ、実のところ、答えがないことの方が多い気がする。
選んだ瞬間に、行く先は決まっているはずなのに、見えないままに過ぎていくのだ。
渦中
時を、アルバムの衝撃に心貫かれてから数週間後のお昼まで進める。
私は、溢れそうになっているこの想いとどう向き合ったものか思考に思考を続けている。
楽しく和気藹々と食事をしている今もなお、現在進行形で思考の波から逃れられないでいる。
ずっと抱えているこの感情を、伝えなければならない相手がいるなどということは、これまで得てきた経験からも、ごく当然理解している。
理解はしているのだが、伝えるという行為が、私の、そして、相手の今後にどのような影響を与えてしまうのか、という問いに答えが見いだせず四苦八苦しているのだ。
この想いを伝えたとして、その一秒先の景色ですら想像するのが難しい。ましてや、その後の一生などというのは誰に予想し得るものでもない。
そんな、見えるはずのない答えの先に怯えながら、どうしたものか。
伝えるのか否か。
ものの数分間で終えてしまうような葛藤を、数週間ひたすらに続けてきた。
きっと、この葛藤を終え、伝えるべき想いを言葉にする場面、相手に語るその場面は一瞬、瞬間の出来事になるのだろう。
この想いを伝えるべき相手が誰なのか、今、目の前に座る彼女だろうか。
問いの答えを考えるとき、一番に候補に名前があがる。
この段階で半分答えは出ているのだ。
彼女と一緒にいられることが増えてきた今、この時間を大切だと思い始めている今だからこそ、相手にとっても大切であって欲しいと思わずにはいられない。
願わくば、その時間を当たり前に過ごせるようになればよいと心から願っている。
しかし、今溢れ出ようとしているこの感情を、無闇に打ち明けるという行為は、今ある大切を失う危険性を孕んでいることも考慮しなければならない。
彼女に伝えるセリフとして綺麗事を言うならば、『大切にします。』
と、一度宣言したその先に、私の大切だと思う気持ちが変わることは、決してあってはならない。
出てしまった言葉は、そう簡単に覆ることはない。
もう少し重たく言えば、覆してよいものではない。
『大切なものとして、あなたを最期まで守り抜く覚悟をしている。』
と、ここまで添えるのが大前提なのだ。
現実的にものを見れば、なんてことはない。
心変わりというものは簡単で、大切を見失うことはザラに在るのかもしれない。
仮に、お互いが大切に思っていると宣言しあったところで、それは、少しの非日常に浮かされ、わけも分からぬままフラフラと手を取りあっているだけだった、なんてことも往々にしてあるのだ。
それでも今、図らずも私の心中を大きく占めることとなった彼女に対し、これからを見据えて真剣に向き合うのであれば、綺麗事とも言われかねないその覚悟を、迷いなく、真っ直ぐにぶつけなければならない。
ぶつけた先で、相手は華麗に避けるかもしれないし、受け止めきれないと去っていくかもしれない。
それでも、伝えられた先で、当たり前のように彼女がいる日常を迎えられるのなら、何にも変えがたく嬉しいことだ。
私は、言葉を伝えられる機会が、いつ消えて無くなってもおかしくないことを知っている。
私は、抱え込んで伝えずにいた想いは、あっという間に後悔に変わることを知っている。
早く伝えなければならないのだ。
二人の会話が途切れ、示し合わせなくして彼女と視線がぶつかる。
今なのだ。
渦巻く不安と覚悟。
洒落た店の角席。
正面には彼女。
言葉は一瞬。
葛藤の末。
綺麗事。
『あなたは私の、大切なんです。』
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