
百合樹 第三章綺麗なことすら言えないなら ③ 生様
第三章
綺麗なことすら言えないなら
いつのまにか、他のことには目もくれないほど、熱中するものを見つけてしまったりする。
最初は、一点だけだったはずが、次第に大きく広がって収拾がつかなくなる。
そんな風にして、大きくなった全てを抱えていたいと思うのは強欲なのだろうか。
生様
『俺たち四人だけで始めた音楽……
…四人だけだと思っていたのが、四人だけでは成り立たなくなったのは本当に幸せなことで
メジャーから落っこちて、さあどうするかっていっぱい考えたけど、やるって決めたときに手を伸ばしてくれた人がたくさんいたから、だったら小さなこの事務所で、インディーズのまんま、日本武道館まで行ってみようよと話をしました。
それが、今日、アナタの前で叶っている。
とてもとても特別な日ですけど、とってもとっても普通の日です。
毎日、繰り返す、当たり前があること。
近くに誰かがいてくれること。
そんな毎日が、俺はとってもとっても特別だと思ってます。
その特別な一日が今日は日本武道館という姿を借りてここにあるんだと思ってます。』
『いつまでもいつまでも誰かが近くにいてくれるってのは、全然当たり前じゃなくて、絶対に別れが来るし、終わりが来るんだけど。
一人で生まれて一人で死んじゃうんだよね。
けど、その間、どんな人と手を繋いで、何を見て、何を聞いて、どういう風に歩むのか、全部アナタが決めていいことだから、アナタの近くにいてくれる人、絶対大事にしてください。
俺は、その人に直接伝えることはできないけど、今日、この場を借りて、アナタを介して、アナタの中の大切な人に伝えることならできるんじゃないかなって思ってます。
父ちゃん、母ちゃん、友達、兄弟、親友と呼べるやつ、一緒にライブに行けるやつ、いつも連絡くれるやつ。
絶対いつか別れがくるから、その時までに、自分の気持ち、想ってること、しっかりと伝えられるといいなと思ってます。
今日は、だから、だからこそ、目の前にいるアナタに向けて、俺たちは次の歌を、全身全霊心を込めて思いっきり歌おうと思います。しっかりと受け取ってください。ありがとうという曲……』
ギターの音が鳴る。
私は、今、誰を頭に浮かべただろうか。
家族、親友、一緒にライブに行けるやつ。
ステージの先を見る。
歪んで鳴り続けていたギターが音を止めた。
静寂
『……少しも当たり前だと、思っておりませんので、これからもよろしくお願いします。』
マイクを介さない、喉、心からの叫び、生きた声をそのままにぶつけてくる。
その様を目にした瞬間、その先に、私を連れてきてくれたあなたが見えた気がした。
あなたの中の大切だったこの景色は、私にとっても大切なものになってしまった。
あなたの愛するこの大切を、私も愛したいと想ってしまった。
多分この時、私の中の色々なものが、何にも変え難い特別に変わったのだ。