百合樹 第四章必ず終わりが来るから、せめて ④ 後悔
第四章
必ず終わりが来るから、せめて
物事を選んだとき、そこに正しい答えがあったはずだと信じてやまない。
ただ、実のところ、答えがないことの方が多い気がする。
選んだ瞬間に、行く先は決まっているはずなのに、見えないままに過ぎていくのだ。
後悔
私は、無事中学卒業後の行き先も決まり、少し大人になった。
一回り大きな制服はまだ来ないのかと心待ちにしていた春。
祖母は亡くなった。
私は、その事実がにわかに信じられないでいる。
だが、目の前で子供のように泣く母を見たとき、そして、目の前で骨へと姿を変えた彼女を見たときに、その事実を文字通り痛感した。
人が一人、この世界からいなくなるという現実を痛みを伴って叩きつけられたのだ。
彼女の死後、私は、彼女のみていた景色に想いを馳せ、その節々に映っていたであろう自分を悔やんだ。
全盲の彼女にとって、私や家族はどのようにみえていたのか、その景色を見てみたいと思ったのだ。
上手だと褒めてくれた幼少期の拙い絵
かっこいいと言ってくれた少し大きなランドセル 大きくなったねと触れてくれた手
立派なもんだと言った制服姿
彼女には、どんな風にみえていたのだろうか。
想像しただけで、彼女がくれた言葉に温かい気持ちになった。
と、同時に、心が締め付けられるような心地がした。
私は、彼女に向けて、何かを伝えるための手段が視覚にはないことを分かり始めていたからこそ、伝えるべきことを伝えきれていないまま、彼女が亡くなった事実を、悔やまずにはいられなかったのだ。
幼少期、夕飯の一幕を思い出す。
もちろん、美味しかった料理は残さずに平らげた。
その料理に、ごちそうさまと言えただろうか、おいしかったよと伝えられただろうか、ありがとうと言えていたのだろうか。
目に見えるのであれば、私の勢いよく食べる姿、何一つ残っていないお皿、口に頬張る瞬間の緩み切った表情できっと伝えられたのだろう。
私は、声に出して伝えられていただろうか。
過去に一度、彼女に点字の手紙を書いたことがある。
すごく喜んでいたと母に言われたのを覚えている。
盲目であるその人に向けて、本当の意味で感謝や想いを伝えるには、点字のように言葉を形に残さなければならなかったこと、あるいは、言葉を声にして直接伝えなければならなかったという事実を、彼女が亡くなったという現実をもって、初めて知ったのである。
人に自分の想いを全て伝えるのは、簡単ではないということ、加えて、伝えられるその機会は、いつまでも自分の目の前にあり続けるわけではないこと。
そんな当たり前を知らないでいたことを悔やみ、身をもって学び、亡くなった彼女の姿と共に心の奥底に刻んだのだ。
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