百合樹 第六章馬鹿だねって言われたって ① 期待
第六章
馬鹿だねって言われたって
何を自分の信念に据えるべきか。
正しいと信じたものを否定されることは往々にしてある。
が、他人の否定を信じないのに肯定だけ信じるというのはいかがなものだろう。
どちらも信じられないのであれば、最後に信じるべきはきっと。
期待
まだだろうか、ついには声だけでなく腹までもが呼応して鳴いている。
この生活もかれこれ二ヶ月近く経った。
鯖になった気分で部屋に篭り、毎日同じ時間に起床、同じ時間に参考書と睨み合って、同じ時間に風呂に入り、眠る。
これでもかというほど規則的に、メトロノームにでもなったかのごとく一定のリズムを繰り返す。
そんな日々の中で、唯一の転拍子となるのが食事である。
特に、日曜などは両親が共に休日であり、夕飯を買いに出かけては、美味しいオマケを引っ提げて帰ってきてくれる。
楽しみで仕方がない。
私を癒してくれる今日のオマケは何だろうか、クタクタになった頭に栄養をくれる極上のスイーツだろうか。
と、ここでドアの閉まる音。
今閉まったドアは玄関ではない。
外の駐車場で車のドアが閉まる音である。
この瞬間を待ち侘びていた私の五感は、いつもとは比べものにならないほど敏感になっていたらしい。
一度手を合わせて食事を始め、流れる様に夕飯を平らげてから、間髪入れずにオマケに手を付ける。
シュークリーム。
口いっぱいに頬張る。
あまりの勢いのよさに、頬に白い点を付けたまま、二度目の手合わせをした。
至福の時はあっという間に過ぎ去り、私はまたそそくさと缶の中に戻るのである。
やりながらにして、つくづく思っているが、こうした缶詰生活は、自分一人の力で乗り切れるものではない。
共に暮らしながらも私のリズムを崩さぬよう協力してくれる家族がいて、同じ目標のもとで一緒に勉強を進める友人がいて、心のどこかには必ず彼女がいる。
そういった具合に、沢山の助力を得て万全の体制で望めていることこそ、何よりの要因なのだ。
あっという間に一ヶ月近くが過ぎ、なんやかんやと三ヶ月近くそんな生活を続けた訳だが、これだけやれば、来たる試験を待つばかり。
受からない訳がない。
これまで経験したことのない感覚である。
微塵も不安が湧いてこない。
日々の勉強をやり切ったが故の自信であり、決して驕りではない。
試験結果の出るもっと前、筆記具を手に試験問題を解いている時にはすでに、彼女への報告の場面を想像している。
思えば、缶詰の中でひたひたと勉強に漬け込まれていた三ヶ月間、繰り返される勉強の時間より、彼女からの連絡を待つ数時間の方が、はるかに長く感じていたのではないだろうか。
日も暮れかかり、試験会場の門を出る。
幾通りもの会話を想像し、声や顔を思い浮かべる。
私は、万全を期して、彼女からの返信を待った。
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