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百合樹 第二章誰かにとって、たかがそれくらいの ④ 飛躍

第二章
誰かにとって、たかがそれくらいの

時間は全ての人に平等に与えられるものなのだ。
だがしかし、妙に短く感じてしまうあの瞬間はなんなのだろうか。
本当に時間が早く進んでいるのだろうか。
はたまた、思考が時間に追いつくまいとしているのだろうか。


飛躍

覚悟を決め、直接声をかける。
彼女の好きな音楽が、私のものとほど近いところにあることを再確認でき、まずは安堵した。
非日常の中で、やりとりがあったことは少なくとも証明できたのだ。
一度は無しになった約束も改めて交わすことができ(無しになるどころか、実に一度も交わしてはいないのだが)、日常が待ち遠しいものになっていくのを再び感じながら、来た道同様、電車に揺られて帰っていく。

翌日、教室にいた彼女から、朝一番に声をかけられることはなかった。

授業の終わりにCDを渡され、それを返すタイミングでお礼をする。
そんな約束を得るつもりでいる私は、その時が今か今かと待ちながら、休み時間を過ごす。
果たされない約束のせいだろうか。
異様に長く感じる一日が終わり、私は、何も起こらない日常を過ごしきってしまった。

今日、彼女を前にして、もやもやと感じていたのは、一体なんだったのだろう。
目の前に餌が用意されていると錯覚したまま、まだかまだかと口をパクパクして待っている金魚達はこんな気持ちだろうか。
彼女が悪いことをしてきたわけではないし、咎めることは何一つ無かったわけだが、どこか拍子抜けを食らったような面持ちのまま、いつもと同じ電車に揺られる。

数日後、授業終わり、彼女が申し訳なさそうな顔をしながら近づいてくる。
どうやら、CDを持参し忘れていたらしい。
『反省しています。』
と、言わんばかりのその顔にやられ(実際は、その顔というより、必殺の上目遣いにやられた気もするが)、むしろこちらが申し訳ない気持ちになってしまった。

何はともあれ、私は彼女からCDを受け取った。
そして、受け取ったそばから、返却の際にはお礼をするという約束を得ることに尽力した。
無事約束を交わし、浮かれながら帰路に就く。
いや、浮いていたかもしれない。
(実際にはお礼などにはほとんど触れず、一方的にそんな言葉を吐いたような、吐かなかったような程度であるが。)

帰り道、その日の電車の揺れは、さながら、サンバでも踊らされてるように弾んだ心地がした。

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