百合樹 最終章漠然とした、未来の中に ② 下限
最終章
漠然とした、未来の中に
相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。
厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。
選択肢を得ない選択問題。
答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。
下限
『栄えるでもなく、いやに田舎臭くもない、良く言えば中庸的な市街地が広がっている、そんな街中を歩けるだけ歩いてみよう。』
あい変わらず我が家に音沙汰なく現れた彼と二人、今日は、あてもなく街を歩いてみることにした。
いつもと変わらず目的のない冒険である。
私たちが最初に目指したのは、水とユートピアを由来に名付けられた街のシンボルタワー。
由来の通り、タワーのすぐ足元を大きな川が流れている。
川沿い、一段と高く造られた土手が、街を囲うように続いており、その上を歩くのが心地よいのだ。
タワーに着き、そこを起点に歩き始めるのだが、その前に、一度土手を下って、陸と水の境界限々に立ってみる。
街の際になるこの場所では、街の外に向かって何かを叫んでみても、その声が隣街へ出ていくことはない。
私は、この街ではないどこかに向けて、どこに届けるでもない言葉を力一杯叫ぶ。
彼も何かを叫んでいたが、川の音に呑まれてよく聞こえなかった。
そうして、何事もなかったかのように土手に戻るのだ。
あてもなく歩き始め、ポツリポツリと言葉を交わす。
空の端、西の方がオレンジ色に変わっていく。
どこかセンチメンタルになってきた私は、呼ばれるでもなく、ある女性に対して思うことをつらつらと話始めた。
別に彼が聞いてきたわけでもなければ、普段からそういう話をするわけでもないのだが、十何年来こんな関係を続けてきた彼になら自分の内側を見せられる気がしたのだ。
私は普段、他人に対する負の印象を口に出すことはあまりなかったし、自分の身近な人のこととなれば、尚のこと、内に留めおくことが多い。
ただ、今日は溢れ出るそれをどうしても止められず、一度堰を切って流れ出た言葉達は、だらだらと二人の間を漂い続けた。
日もとうに暮れ、距離にして二十一キロほど歩いた末。
彼の家の程近くで足を止めた。
長い道中、想いを一通り吐き出して、初めて、彼女への蟠りがこれほど私の中にあったのかと痛感させられた。
しかし、不思議なもので、たくさんの蟠りを持ちながらも嫌いにならないでいる。
吐き出したその後で、彼女の幸せそうな顔が浮かんできて悶えるのだ。
とはいえ、やはり現状としてこれほどの蟠りを抱えているのも正常ではない。
二人の間に、というよりは自分の中に存在する感情が、愛情ばかりでないことを知った手前、この先の二人の行く末に、明るいものばかりを描けないでいるのだ。
そんな事が頭を駆け巡った時、二人の未来に、形はどうであれ必ず終わりが来るという現実が、いつにも増して大きく差し迫っている気がした。
その場で、何の気なく蹲ってみた。
ここまで、静かに一連の葛藤を見届けた彼が、満を辞して口を開く。
『壊れてしまえばいいのにねぇ』
笑いながら放つ彼の言葉には、哀れみも励ましも含まれてはいない。
ただ純粋な第三者としての見解、その上に彼なりの思いやりを持って、この言葉を投げたのだろう。
きっと本気でそう思ったのだろうし、笑顔にはそれを願う気持ちが垣間見えた気がする。
私は、これまでの関係性があるからこそ、躊躇なくそう言えたのだと思うし、真に受け止めるに値する言葉ではないかと思えたのだ。
交差点に蹲る私、その側に佇む男、隣には小さな街灯と公園。
ゆっくりと彼を見上げた視線の先には、煌々と輝く下弦の月。
私は、何かを覚悟したように、重い腰をあげた。