百合樹 第四章必ず終わりが来るから、せめて ③ 祖母
第四章
必ず終わりが来るから、せめて
物事を選んだとき、そこに正しい答えがあったはずだと信じてやまない。
ただ、実のところ、答えがないことの方が多い気がする。
選んだ瞬間に、行く先は決まっているはずなのに、見えないままに過ぎていくのだ。
祖母
目の前であらゆる家事をこなし、パソコンを見事に使いこなしてはメールを打つ高齢の女性。
よく居間の椅子に腰掛けて読書をしている。
私には、彼女が開いている本の内容が理解ができない。
というより、そもそも何も書いていない白紙の本を読んでいるのだから、理解することはおろか、文章にも辿り着けないのだ。
たくさんの凹凸が並んだ紙を彼女はなぞっている。
点字。
そう、目の前に座る彼女は盲目なのだ。
全盲である。
ここで疑問を抱く人が少なからずいるのではないかと、私は睨んでいる。
文章の構成を少し入れ替えてみればそれは見えてくる。
彼女は盲目。
それも全盲でありながら、家事をこなし、パソコンを使いこなしてメールのやりとりをしている。
そのうえ、読書家で本を読むのが好きなのだ。
私が生まれ、物心ついたころには、すでに、彼女はこの生活を淡々とこなしている。
料理をして私たちに夕飯を振る舞い、風呂を掃除して、洗濯物を干す。
テレビをみて笑い、私や弟の姿をみて褒めてくれる。
そんな姿を見せられている私は、彼女が全盲であることを理解できないまま、幼少期を過ごした。
少し大きくなって、小学校後半や中学の頃には、全盲の症状がどんなものか、ということは理解できた。
ただ、当時の私が理解していたのは、彼女との接し方の本質的な部分ではない。
『彼女には私が見えない。』
その事実だけであった。
時に、その見えないという事実だけを逆手に取って、悪戯なんかをしたりした。
親にバレ、何度か怒られたのを覚えている。
とんだクソガキである。
中学も終わる頃だろうか。
私は、彼女の家の離れに、いくつものトロフィーが飾ってあるのを見つけた。
そこには彼女の名前が書かれており、クソガキながらに、彼女がすごい人物であることを分かり始めた。
この頃からだろうか、これまで当たり前のように淡々とこなしている彼女の生活は、実は、とんでもないことなのだと理解し始めた。
目を瞑って歩いてみる。
真っ直ぐなんて到底できない、無理だ。
壁にぶつかりはしないか、恐ろしくて足が進まない。
この状態で包丁を持つのか、想像したくもないが結果は分かっている。
私は、この生活を幾年もこなす彼女を、尊敬せずにはいられなかった。
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