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百合樹 第四章必ず終わりが来るから、せめて ② 光線

第四章
必ず終わりが来るから、せめて

物事を選んだとき、そこに正しい答えがあったはずだと信じてやまない。
ただ、実のところ、答えがないことの方が多い気がする。
選んだ瞬間に、行く先は決まっているはずなのに、見えないままに過ぎていくのだ。


光線

私は、黒いティーシャツの女性と二人、街を歩いている。

ビルの森、木々の隙間から漏れ出る光や、表面からの反射によって目に届く光が嫌に眩しい。
普段、私たちが顔を合わせる山の奥地とは、かけ離れた景色の中にいる。
こうして日常の外で彼女と過ごすのは、あの東京の一件以来、約二ヶ月ぶりだろうか。
二人でアルバムの新譜を買いに来たのだ。

サークルでの活動が手伝ってか、このバンドへの熱は一向に冷めていなかった。
同時に、彼女との交流も、このバンドを介して徐々に深まってきており、互いの趣味についてもそれなりに理解をし始めているのだから、バンド様々である。
彼らに貢がない理由が見当たらない。

夏盛り。
というにはまだ少し早い時期にも関わらず、コンクリートに囲まれたこの街の気温は異様に高い。
ふと横に目をやる。
額から頬を伝って光の筋、彼女は暑さが苦手であるという新たな知見を得た。

今日購入したアルバムは、発売と同時にリリースツアーの開催が決定している。
当然、この地域も会場の一つであり、あの日の帰り道、次も行こうと話をしたライブがこれにあたる。
日取りは、まだ今日から数えて三ヶ月ほど先の遠い話なのだが、あの日から考えると、五ヶ月も前に漠然と交わした次への布石が、今、確実に現実味を帯びて来ていることを感じずにはいはれなかった。

家に帰るなり、携帯にアルバム曲を取り込む。
このご時世、CDをわざわざ購入して音楽を聴くということが珍しくなってきているようだが、どうしても変われないでいる。
私は、いつも音を聞くより先に言葉を辿る。
一冊の読み物として歌詞カードを読むのだ。
その言葉の節々に、感動して涙することも稀ではない。
特に、今日購入したアルバム、このバンドが投げる言葉は、どこまでも真っ直ぐで暖かい。

一通りの文章を堪能してから、音に乗せて、彼らからのメッセージを受け取る。
私は、この日、このアルバムの三曲目、生き急ぐ様な叫びに心を貫かれてしまった。
慌てて歌詞カードを開く。
見開きにして二ページ目。
右側の楽曲。
詞に入って、五、六行目。

『告えなかった 本当の気持ちは
 言わなかった 後悔になるだけ』

忘れてしまっていた。
忘れてはならない大切な感情は、私を貫いた側から、光の様な速度で全身を駆け抜けた。

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