百合樹 第二章誰かにとって、たかがそれくらいの ⑤ 乗車
第二章
誰かにとって、たかがそれくらいの
時間は全ての人に平等に与えられるものなのだ。
だがしかし、妙に短く感じてしまうあの瞬間はなんなのだろうか。
本当に時間が早く進んでいるのだろうか。
はたまた、思考が時間に追いつくまいとしているのだろうか。
乗車
一晩中踊り疲れた翌日、さっそく日常の中に新しい音楽が鳴っている。
彼女との約束を果たしてしまうのは、どこかもったいない気がしているが、反面、この音楽がいかに素晴らしいか、彼女といち早く語り合いたいという気持ちに押されるままCDをカバンに詰めた。
いつもより早く家を出て、道中、彼女へのお礼の品を選んでいる。
『何が好きなのだろうか。』
『何が嫌いなのだろうか。』
私は、お互いのことを知らな過ぎると実感し、適当なチョコを手に取りながら、彼女のことをもっと知りたいと思った。
朝一番、彼女にCDとお礼の品を渡す。
勢いそのまま、今しがた渡したばかりのCDの感想を伝えようとするのだが、お礼の品に気を取られている彼女を見て躊躇する。
何故か思っていたよりも膨れ上がっているその袋に、私自身驚きつつ、何を話そうかと考えていたが、屈託なく喜ぶ彼女の上目に思考を遮られてしまった。
教室内が思い思いの音を立て始めたので、私は、逃げるように席についた。
翌日、なんの変哲もない日常の中の出来事、ダラダラと過ごしているところへの突然の誘いに困惑した。
と同時に困惑した。
(こう表現するのが自然であるくらいには、頭が混乱していたのである。)
彼女は
『日本武道館のライブがあるが、行かないのか。』
というメッセージを私に送りつけてきたのだ。
言葉をたどる。
ライブがあるのだが、うん、私にそれを言うのであれば、演者は間違いなくあのバンドである。
日本武道館と言ったか、日本武道館とは、東京のあの八角形の奴だろうか。音楽の聖地。
彼らのバンド人生において、節目になると言っても不足ないほどの大舞台である。
何を誘ってくれているんだと困惑したが、あまりにも魅力的な言葉の連続に、間を置かずして心躍った。
ライブ当日はバイトが入っていたのだが、チケットが用意してあると彼女に言われれば、迷う余地はない。
私は、後先考えずに彼女と一緒に行くことを伝え、東京行きのバスを調べ尽くした。
もちろん、二人分である。
彼女も、勢い任せにそれを了承してしまったのだ。
この時の二人の決断は、あまりに無鉄砲でありながら、今後の関係を大きく左右するものだったと思う。
とにかく、とんでもない切符を手にした私は、半ば強引に、彼女の誘いに飛び乗ったのだ。
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