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百合樹 第一章いつだっていつだって始まりは ④ 降車

第一章
いつだっていつだって始まりは

気づけば目に止まる、性分のせいだろうか。
いや、もうすでに鳴り始めているのだが、当人が気づいていないだけのこと。
それは、往々にして、日常の中に起こりうるのである。


降車

降り立ったのは北西の地、雪が残っている。
肌寒い空気に薄着できてしまったことを後悔している。この景色ばかりは、紛れもなく冬だと言わざるを得ない。
真冬の日本海。
私の苦手な寒さをもって大歓迎である。

美味しい食事、楽しい観光、最高の旅のはずが、ここを見落としていたのは我ながら不覚であった。
震える。
約二週間、非日常にしては長い生活の中で、一番初めに立ち寄った駅前のパン屋の暖かさが印象に残っているのは、よほど、寒さが応えたからだろう。

ほどなくして、私と友人は、車校に入学し授業を受ける。入学初日から、校内道路で生まれて初めて運転をするのだが、またしても日本海の洗礼である。窓の外が白い。雪が降っている。
というか、吹雪いている。
『初めての運転で雪の中を走るのか…。』
始まったばかりの私の非日常に対し、この地は、当然のことだと言わんばかりに、容赦なく彼らの日常をぶつけてくる。

私は、運転実習が始まってからというもの、発車することはままならず、幾度となく車体を震わせている。(もちろん、この時震えているのは車体だけではない。雪の中を無事走れるなんて思ってもいないのだから。)

『スタートからどれだけ走れただろうか。何度エンジンをかけ直したことだろう。もう20回以上キーを回したのではないか…。』
そんなことを考えながら時間が過ぎ、私は、教官に促されるままに車を降りた。

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