
百合樹 第二章誰かにとって、たかがそれくらいの ② 始動
第二章
誰かにとって、たかがそれくらいの
時間は全ての人に平等に与えられるものなのだ。
だがしかし、妙に短く感じてしまうあの瞬間はなんなのだろうか。
本当に時間が早く進んでいるのだろうか。
はたまた、思考が時間に追いつくまいとしているのだろうか。
始動
私は再び、変わり映えのない小旅行を繰り返す日々に帰ってきた。
出発地点の自宅から自転車を漕ぐ。
それなりに暖かく、それといてどこか爽やかな風が吹いている。
春である。
と、ここまでは心地よい朝なのだが、ここからが小旅行のメインイベント、満員電車の登場である。
(イベントと呼ぶには抵抗があるが、春は、より一層人が増えるのだから、春の風物詩と呼んでしまってもよいのではないかと思っている。)
電車の動き始めには、決まって肩がぶつかる。
居場所を確保するのも一苦労、花見の場所取りの方がよっぽど楽なものだ。
私はいつも特等席を位置取る。
そんなものありはしないが、車内から窓の外が綺麗に見えれば、そこは特等席ということにしている。
この小旅行では、電車を二度乗り継ぐのだが、二本目に関しては、地下鉄のため外も見えない。
おまけに、三度乗る電車の中で最も人が多い。
地下鉄はとんでもない回転数で運行しているのに、どれに乗ろうとも人で溢れかえっている。
『どの電車に乗っても変わらないではないか。』
私は、考え無しに目の前に現れた車両に乗るのだ。(のちに、この二本目の電車選びが重要であったことを知る。)
三本目、リニモが動き始める少し前、車両に乗り込んできた人影を目にして、島根の非日常に引き戻される。
何故か、記憶に焼き付いていた黒いティーシャツが頭をよぎり、もう一度その人を見た。
あの非日常の中で約束を交わした女性、紛れもなくその人だ。
胸が驚くほどに高鳴っているが、私の頭の中はどうやら想像以上に冷静らしく、声をかけに動こうとはしない。(こういう場面において慎重派な私は、勇気を持ち合わせていないだけだが、冷静な判断だったということにしておく。)
車内放送とともに扉が閉まる。
彼女が同じ車両内の離れた場所に座り、リニモがまもなくして走り始める。
どうやら私の日常は、動き始めたらしい。