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百合樹 第一章いつだっていつだって始まりは ⑥ 共感

第一章
いつだっていつだって始まりは

気づけば目に止まる、性分のせいだろうか。
いや、もうすでに鳴り始めているのだが、当人が気づいていないだけのこと。
それは、往々にして、日常の中に起こりうるのである。


共感

この当時、私には熱中し、朝昼晩問わず鳴らし続ける音楽があった。

ホテルの部屋では彼が色々な種類のアーティストを紹介してくる。それに対し、私は1組のアーティストだけを推し続けた。(それが今もなお敬愛してやまないバンドなのだから、当時のハマりようといえばよっぽどのものなのだろう。)
彼もそのバンドを知っており、意見に同調するものだから、バンド愛を語る私の様子は、さらにヒートアップしていくのである。
『もう、わかった、次は自分の番だぞ。』
彼は、そう言わんばかりに携帯から鳴らす音を徐々に大きくしていき、毎度私は泣く泣く話を止めるのだ。

数日間、飽きもしないで同じ音楽の話をしていた私たちだが、その夜は少し流れが違っていた。

互いに音楽の話をしていたはずが、突然に話題は、女性の話にすり替わっていた。
長い付き合いになる気の知れた友人である。
男同士、邪魔もいないのだから、そんな話をしようかと切り出した彼を止める理由はない。

彼は私に
『最近好意を抱いている女性はいないのか。』
と聞いたが、真っ先に口を割って出てくるような女性の名前は浮かばなかった。
私は、少しの沈黙の間、ふと日常の中を彷徨ってみたが、該当する女性が見当たらない。

部屋では大好きなバンドの音楽だけが鳴り響く。
ふと頭をよぎったのは、不思議に記憶に残る黒いティーシャツであった。
『まあ、今のところは、特にいないかもしれないな。』
私は、彼に返事をし、非日常に流れる音楽に耳を傾け直す。

代わりに、彼に近況を聞き返したが、すぐに後悔した。(忘れていた。彼には恋人がいるのだ。)
彼は、恋人との日常を幸せそうに語り始めてしまった。

私は、その話を羨ましく思うとともに、それはさぞ幸せなはずだと、嬉しそうに語る表情に心から共感した。

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