百合樹 第四章必ず終わりが来るから、せめて ① 鳴動
第四章
必ず終わりが来るから、せめて
物事を選んだとき、そこに正しい答えがあったはずだと信じてやまない。
ただ、実のところ、答えがないことの方が多い気がする。
選んだ瞬間、行く先は決まっているはずなのだが、見えないままに過ぎていくのだ。
鳴動
『暑い…。』
この部屋の暑さはどうにかならないものか。
月曜、週に一度のミーティングの時間、私は、いつも通りバスドラムの前に腰掛け、某少年誌を読んでいる。
ほどなくして点呼が始まり、一つ上の先輩から順々に返事をする。
髷を結った細身の変人、髪の赤いゲーマー、天真爛漫と小柄の女性が二人、ガタイの良い髭面にお酒の好きな建築家、華奢だが肝の座った愛煙家と機材好きの饒舌な男、そして私。
これらが軽音楽サークルの主な仲間である。
私は、大学入学当初から、この仲間達と端くれながらに演奏者をしている。
この山奥地への道のりは、自宅を出てから片道二時間、往復にして四時間はかかる。
これをほぼ毎日、週の五日間も食らうのだ。
いくら人間観察に没頭し、心躍るような出会いがあったからとて、授業のためだけとなれば、到底通えたものではない。
彼らと日々音楽について語り、音楽を聴き、音楽を鳴らす。
生活音、ビージーエムとしての音楽ではなく、意思を乗せ、想いと時間をかけて鳴らす音楽である。
そんな時間が好きでたまらない人間だけが集まっているのだから、とにかく居心地がよい。
(もちろん気持ちの話であり、身体が感じる暑さや窮屈さなどの不快感とは別の話である。)
私たちのサークルでは、各々が好きな音楽を持ち寄り、意気投合した数人でバンドを組むというシステムが取られている。
基本的にはコピーバンドが多い。
自分達が普段好んで聴いている音楽を、リスペクトを込めて自分達の手で鳴らすのである。
ただ、やるからには、より精度高くそれを再現したいものだ。
よって、大学に入学してから練習を始めたばかり、この私の拙いスティック捌きを好んでバンドに加えようとするものは少ない。
好きではどうにもならないこともあったりする。
なんだかんだと居心地のよいこの場所で、細々と音楽活動を続けてきたが、あの特別な夜の興奮をここに持ち帰ってきた数日後、私に思いもよらぬ声がかかる。
『あのバンドが好きなら、うちでドラム叩かないか?』
髪は、金をベースに所々鮮やかな緑。
身丈で言えば、私よりも一回りは小さいが、私に緊張感を与えるには充分過ぎるほどの存在感。
歳にして一つ上をいく、先輩。
正直言って、私には役不足だろうと断るつもりでいたのだが、上手い奴よりも、このバンドが好きなやつとやりたいと言うのだから、断る理由もなくなってしまった。
それからというもの、敬愛して止まないバンドの音楽を鳴らせる喜びと、先輩に迷惑をかけまいという思いから、ドラムの前に座る時間はかなり増えた。
来たる。
このバンドでの初ライブ。
あまりの緊張でステージ上の記憶は朧気だが、無茶苦茶なリズムを刻んだことと、他の演奏者に負けないくらい大きな音を鳴らしたことは覚えている。
リズムこそ、不規則で聞くに堪えないものだったかもしれないが、この時鳴らしたあまりにも大きなその音は、今後の私の音楽人生を動かす大切な音であったことに間違いない。
このコピーバンドでの活動は、ことサークルにおける私を語るうえで、なくてはならない大切なものになった。
(今後、この長い物語の中で、私のサークル活動について語るかどうかは、また別の話である。)