5月の恋

私は区画された芝生を躊躇せず踏みつけるんだ。大学の特別研究棟に入るだけで彼の静かな吐息が蘇る。この特別な匂い。古びてて、湿っぽくて、陰鬱な、でもどこか優しい夕方のような匂い。私は特別感傷的な、ナーヴァスな女じゃない。ただ記憶として、過去の感覚として、彼を再び感じるだけ。
付き合う前も、付き合い始めてからも、私たちの居場所は棟の北側にある半地下のラウンジだった。

「お金取り忘れてますよ。」
ラウンジの隅っこにある自販機の前に立って彼は言った。
「あ、ほんと!ありがとうございます。」
60円を受け取ってふと目を合わせた時、この上なく心地よい、緊張した風が心奥に吹いた。

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