何処までもやせたくて(85)不安のにおい

伯母の家に着くと、伯父が晩酌をしていた。

「おっ、よく来たね。半年ぶりくらいかな」
「はい。なんか、お世話になることになっちゃって。すみません」
「謝ることなんてないよ。
上京してから、一度しか遊びに来てくれてないでしょ。
ちいたんといっぱい会えるって、楽しみにしてたのに……」

子供の頃のあだ名で呼ばれ、ちょっとビックリ。

「あ、ごめんね。
ちいたん、って呼んじゃいけなかったんだっけ。
伯父さん、ちょっと酔っ払ってるみたいだね(笑)」
「ううん、なんか、懐かしくて、嬉しかった。
昔、こっちによく遊びに来てた頃のこと、思い出したりして」

伯父を傷つけたくなくて、そう言ったわけじゃない。
「ちいたん」というのは、伯父から「チビちゃん」と呼ばれてたのを、
片言しかしゃべれなかった子供の私が、自分で自分をそう呼ぶようになり、
そのまま、定着したあだ名。
小学校高学年くらいになって、てれくさくなり、やめてくれるよう頼んだっけ。

でも、不思議。
さっき、そう呼ばれて、なんだかすごく、安心感みたいなものが。

「あの頃、私、ここに来るたび、自分の家に帰りたくない、とか言って、
お母さんのこと、困らせてましたよね。
伯父さん伯母さんの子供になるんだ、とか言って」
「そうそう、伯父さんのところは子供がいないから、
そんなふうに言ってくれるだけでも,嬉しくてね。
そうだ、お母さんが迎えに来るまでの間、ちいたん、って呼んでいいかな」

「ちょっと、あなた、酔っ払ってるでしょ」
と、横から伯母さんがたしなめたけど、それもいいかな、って思えた。

「いいよ、ちいたん、で。
短い間だけど、ここの子供になったつもりで、親孝行します」

「よし、決まった。
お前も、ちいたんって呼ぶんだぞ」
と、伯母に冗談っぽく言ったあと、私の目をじっと見て、
「ちいたんはね、子供の頃から、自分の限界を超えて頑張っちゃうところがあるから、たまには、のんびり休んでもいいんじゃないかな。
ここにいて、本当の子供みたいにわがままを言ってくれれば、それが親孝行だからさ」

どうしよう、涙が出てきそう。

「ありがとう。
こんな私に、そんなふうに、優しくしてくれて……」
「食べることだって、無理はしなくていいからね。
ちょっとずつ、元気になってくれれば。
……さぁ、そろそろ寝るかな」

なんか、すごい安心感。
ここに来ることにしたの、正解だな。

伯父がその場を立ち去ったのを機に、自分が使うことになる部屋へ案内してもらった。
エアコンもテレビも、それにパソコンもつなげるようになってるし、こざっぱりと清潔で、旅館の部屋みたい。

「食事とか、お風呂とか、どうする?
できれば、何か食べてほしいんだけど……」
「ごめんなさい。
今日はいろいろあって、疲れちゃった。
このまま、休ませてもらってもいいかな」

伯母はあまりいい顔しなかったけど、こんな夜遅くに何か口に入れるわけにはいかない。
それに、少しでも早く横になりたいのも本音だし。

「あ、明日の朝、シャワー使わせてもらってもいい?」
「構わないけど、使い方わかる?」
「うん、たぶん大丈夫」

一人になり、荷物を整理して、パジャマに着替え、就寝。

うとうとはするものの、慣れてない布団だからか、いつも以上に骨の痛みがひどくて、何度も目が覚めてしまう。

結局、3時過ぎには起きてしまい、伯父伯母に気づかれないよう注意しながら、浴室へ。
寒かったから、シャワーだけじゃなく、湯船にもつかった。

部屋に戻り、体重測定。

25.3キロ。

夜に食べなかったおかげで、記録更新。
でも、これ以上は減らしちゃいけない。

一番やせた記念に、全身のサイズも計測して、そのあと、パソコンを開く。すごくやせてる人と比べるために。

体重もサイズも、自分より少ない人はほとんでいなくて、ちょっぴり安心。
問題は、ここからどれだけ増やせるか、だな。

7時ちょっと前に、トイレに行ったら、伯母が、
「おはよう。朝ごはん、できてるわよ」

「すぐ、行きます」と言って、食卓につき、目の前を見て、唖然とした。

焼き魚やら、煮物、玉子焼き、揚げ物、佃煮、お味噌汁、果物、
そして、普通に盛られた米飯。
こんなの、全部食べられるわけないじゃない。
健康な女の子だって、朝はジュース1杯とかで済ませてるんだよ。

伯父は「無理しなくていい」って言ってくれたけど、全部食べるのは絶対無理。
でも、どれくらいでやめれば「無理」じゃないんだろ。

いろいろな食材のにおいが混ざり合って、気持ち悪い。
不安のにおいだ。

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