「難破船」中森明菜と負のオーラ
87年末にヒットした、中森明菜の19枚目のシングル「難破船」。オリジナルは加藤登紀子で、作詞作曲も同じだが、明菜が歌うことになったのは、ある意味、必然だった。
というのも、加藤はのちにこう回想している。
「彼女の失恋が噂されていた時期で、たまたま、同じスタジオで隣に佇んでいたんですね。それで『よかったら歌ってみませんか』とカセットを送ったんです。そしたら、次のコンサートに、ぽんとお花が届いて、それがイエスの返事でした」
明菜が近藤真彦の自宅で、手首を切るのは89年夏だが、その恋が順風満帆でないことは、たびたび報じられていた。というより、加藤は表現者の嗅覚で、明菜の「負のオーラ」が幸せを寄せつけないような予感を、抱いていたのではないか。
何せ、加藤はこの歌をうたうたび、自分で作った歌なのになぜか明菜っぽさを感じ、明菜の姿が頭から離れなくなった、というほどなのだから。
「♪たかが恋なんて 忘れればいい」と歌いだされるこの曲は「♪たかが恋人を なくしただけで 何もかもが消えたわ ひとりぼっち 誰もいない 私は愛の難破船」と、結ばれる。途中、各コーラスのクライマックス部分で歌われる「♪折れた翼 広げたまま あなたの上に 落ちて行きたい」「♪つむじ風に身をまかせて あなたを海に沈めたい」といったフレーズについて、あるブロガーさんが「心中願望」を見いだせると分析していたが、まさにその通りで、失恋=死、という、明菜的女性の心性が、これほど切実に浮き彫りにされる曲はなかなかない。
個人的には、重さや暗さが出すぎていて、大好きというほどの曲ではないものの、最も明菜らしい作品のひとつ、ではあるだろうな。
彼女の「負のオーラ」の魅力(魔力?)については、また、改めて書きます。
(初出「痩せ姫の光と影」2010年11月)