【6】隠された子どもの行方は
5.
食堂にいると、あちこちから幽霊話が聞こえてくる。毎日のように目撃されている。噂とは伝言ゲームのようなものでどこで事実が変わっているかわからない。原型をとどめていない可能性もある。
容易に耳を傾けるものではないが、斎は気になって仕方がない。近くの席に座っている人たちの会話に耳を傾ける。しかし、幽霊話ではなかった。彼らは幽霊に遭遇していないのだろうか。安心したような残念なような。会話を盗み聞きしたことが申し訳なくなった。
「どうしたの、その怪我⁉」
雛乃の声で斎は顔をあげた。現れた誠の姿に凍りついく。
「昨日、階段から落ちちゃって。幸い右手はかばって無事だし。学園祭の準備には支障ないかな」
笑いながら右手をひらひらと見せる。顔にはあざ、左腕は首からつっている。右足をかばうように歩く姿は痛々しい。
誠は斎の正面に座り大きく息を吐いた。移動するだけで身体に負担がかかるのだろう。
講義は昼から。昼食を一緒にとって講義に出る予定だ。怪我をしているのだから一日ぐらい休んでもいいと思うが。
清香は今日も休みの連絡があった。夏休みが明けてから数回しか顔を見ていない。
「左腕はどうしたの?」
「肩が脱臼してた」
誠の豪快な笑い声が食堂に響く。誠自身、怪我をしたことを気にしていない。しかし一歩間違えれば命の危険だってあっただろう。
斎は血の気が引いている。青白い顔で誠を見つめたまま微動だにしない。雛乃と誠が何かを話しているが斎の耳には入ってこない。思考が停止している。
「幽霊に襲われた?」
雛乃の声に斎ははっとした。正面の誠は平然と話している。まるで世間話でもするかのように。
「そう。ほら光ってる幽霊見たって言ったじゃん」
「あーそんな話してたね」
「急に目の前に現れてさ。少し肩を押されてバランス崩して階段から落ちたってわけ」
「今度はどこに現れたの?」
「A棟だよ」
A棟は校内の東に位置する棟だ。デザイン系の講義が行われる。美術部や漫研、映研、オカルト同好会などが使っている講義棟だ。
「それがさ、立水さんそっくりで――」
「はあ?」
斎はどすの効いた声を出した。誠を睨みつける。
「なんだよ、斎。怖ぇよ」
「そういえば、清香ちゃんって夏休み明けから頻繁に休むようになったよね」
「あ、確かに。体調戻らないみたいだな」
斎は勢いよく立ちあがる。荷物をまとめて足早に出口へ向かう。
「待って。どこ行くの、斎⁉」
「ナギさんのところ」
斎は肩ごしに雛乃を一瞥し、そっけなく返事をした。
「待って! 今から講義!」
「休む」
斎は食堂を出ると走り出した。校内の木々がざわつき怯えている。危険を知らせているのだ。
雛乃の隠力を含んだ風が木々を揺らしながら迫りくる。捕らえられると連れ戻されるのは目に見えている。木々たちに風を弾いてもらうと斎は神社庁へと急いだ。