【1】隠された子どもの行方は
あらすじ
大学二年生の三和斎は、夏休みに同級生の柊雛乃が所属するオカルト同好会主催のバーベキューに参加した。最中、神隠しに遭った子供と遭遇する。斎と子供は同じ境遇ということもあり、一緒に生活することとなる。青輝と名付けられた子供と雛乃と一緒に出かけたところ、同級生の加賀見誠に目撃されてしまう。夏休み明け、青輝について話しているのを聞いてしまった立水清香は斎に隠し子がいると思い込み、ショックで生霊となってしまう。彼女は斎に好意を寄せており、同じ大学に入学するほどだ。
学園祭開催中、死霊になりかけた清香の生霊を見つけ出した斎は、無事に彼女を身体に戻すことができたのだった。
1-1.
心地よい風が頬を撫でる。川のせせらぎに楽し気な声が重なる。
木々の隙間から差し込む光に目を細めた三和斎は大きく息を吸った。夏の香りが肺を満たしていく。
市街地から車で四十分ほどの山の中に豊かな自然が広がっていると彼は思っていなかった。嬉しい誤算だ。
「斎、水が冷たくて気持ちいいよ」
川の浅瀬に足をつけていた柊雛乃が、木陰で涼しむ斎に手招きをする。
「僕はいいよ、雛乃」
気のない返事にむっと頬を膨らませた雛乃は川から上がり斎に近づいた。
毛先がはねた濡羽色の髪が小さく揺れた。不自然な風を感じた斎は一歩後ろへ身を引く。
前下がりの黒髪を揺らしながら雛乃がずいっと顔を寄せてきた。
「ほら、早く。一緒に。足だけでも」
眠たげな瞳が迷惑だと訴えているにも関わらず雛乃は、斎の腕を掴んだ。
「いいよ。サンダルじゃないし。それに、日焼けする。木の傍がいい」
「ちょっとだけでもいいじゃん」
強く引っ張られるが、斎は足を踏ん張り動こうとしない。
「木の傍がいい。水辺は死霊が多いから嫌だ」
眼窩のくぼんだ半透明の死霊が川で遊んでいる。人間と一緒に遊んでいるつもりなのだろうか。笑っている。
目をすがめて肩越しに一瞥する雛乃はどこか納得したような表情で苦笑いを浮かべた。
「…………確かに。じゃ、これでどう?」
腕を川に向けて上へ振り上げる。雛乃の腕の動きを追うように風が舞い上がる。周囲の木々が擦りあい、近くにいた人たちがざわめく。持ち物が飛ばないように押さえている。風が収まると死霊の姿が消えていた。
雛乃はどうだと言わんばかりに胸を張る。
「隠力の無駄遣い」
「はあ!?」
隠力とは潜在能力が開花した者が持つ力だ。霊力や呪力と呼ばれる力に近い性質のもので万物に宿っている。人が作り出した物でも自然でも同じように宿るのだ。
「死霊が多いから嫌だって言ったじゃない!」
「死霊が多いのは川に行かない理由のひとつであって、それを取り除いたからって行くわけじゃない」
「せっかく祓ったのに!」
「はいはい」
斎と雛乃以外の人に死霊は視えていない。悪さをしていたわけではないので放っておいてもよかったのではないかと斎は思っている。視界がうるさいだけで害があるわけではなかったのだから。ただ、斎は自分が川で遊ぶなら死霊がいない方がいいと思って口にしただけで、川で遊ぶつもりはなかった。雛乃が気をきかせてくれたことはわかっているので複雑な気持ちだ。
太陽の光を反射する水面が眩しい。木々の葉も輝いている。
斎は近くの枝に手を伸ばす。木に流れる隠力が斎の隠力に反応して暖かくなる。身体の芯まで包んでくれるような、人の温かさに近い。
「二人とも。準備手伝ってー」
川辺でバーベキューの準備をしていた男性に呼ばれる。雛乃が手を振って返事をした。
「ほら、呼んでる。行こう」
今日は雛乃が所属するオカルト同好会主催でバーベキューが催されている。雛乃に誘われた斎は自然のあるところならとついてきた。他のメンバーも友達を連れてきている。オカルト同好会のメンバーは八名なのだが、参加者は総勢で十五名になっている。
「メンバーじゃない清香ちゃんが手伝ってるんだから、斎もやって」
男性に囲まれて準備をしている立水清香は、斎と雛乃が話しているのを聞いて興味を持った。二人とは通う学部は違うが高校から仲がいい。
「準備はメンバーの雛乃が率先してやることだと思うよ」
「屁理屈言ってないで一緒にやるの」
半ば引きずられるように斎は準備を手伝う。
働かざる者食うべからずだ。
炭に火をつけ網に肉や野菜を並べた。焼けるお肉の香りで口の中は唾でいっぱいだ。
焼けたお肉や野菜はすぐになくなるので次から次に焼く。いつの間にか焼き係になっている斎は汗でシャツが濡れていた。
離れたところで話していた雛乃の隠力が斎の身体を包む。熱気を巻き込んだ風に、汗が余計に溢れる。斎は雛乃を睨んで止めさせた。
肩を落として一瞬泣きそうな表情をした雛乃は、しかし、すぐに笑顔で会話に戻った。
「三和くん、はい」
差し出されたタオルに斎は頬をほころばせた。
「ありがとう、立水さん」
受け取ったタオルで汗を拭う。タオルには灰が点々とついた。雛乃の風で煽られた灰が顔についたようだ。
「顔洗ってくる」
近くにいた焼き係にひと言言ってその場を離れた。
川に近づくにつれ斎の表情は険しくなる。
木々がざわめいている。風に揺らされて葉が擦れるのとは違う。焦りのような戸惑いのようなものを感じる。だが、周りに死霊はいない。命の危険があるわけでもない。木々たちは何を戸惑っているのか。
斎は不思議に思いながら顔を洗って木陰に移動した。一人になった斎に雛乃が謝りにくる。気持ちのいい風で乾かしてくれた。
ほとんどの食材を焼きつくすと食べるよりも川遊びやおしゃべりに夢中になった。
斎もお腹が満たされ、ゆっくりと椅子で休む。
風と木々の音が耳に心地良い。川の流れる音、笑い声、砂利を踏む音。聞こえてくる自然の音が眠気を誘う。
目を閉じる斎は夢と現を行き来している。うっすらと開けた目には数名の男子に囲まれて話をしている清香が映った。彼女の笑顔はどこか困っているようだ。助けるか迷う思考すら今の斎にはない。ただ見ているだけで身体も思考も停止している。
「加賀見くんも来れたらよかったのに」
小さなつぶやきは誰の耳にも入らない。ただ斎の言葉に応えるように木々が揺れた。
同級生の加賀見誠は、十一月にある学園祭の準備に追われている。雛乃が声をかけたが、三度の飯より絵を描くことが好きな彼はあっさりと断った。夏休みだと言うのに大学に引きこもっている。かく言う斎も週に数回、大学に顔を出している。間借りしているゼミ室の片隅で育てている観葉植物の様子を確かめに行ってるのだ。
「隠力に溢れてる」
万物に宿る微量の隠力は斎の癒しとなっている。
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