【4】隠された子どもの行方は
3.
「これとこれと。あ、これも似合うんじゃない?」
「そんなにいらないだろう、雛乃。それに青輝が疲れてる」
斎の手を握っている青輝の瞼は今にも開かなくなりそうに重い。着せ替え人形になっていた青輝の疲れはピークに達している。
いつ夢に飛び込むかわからない青輝を斎は軽々と抱きかかえた。細い腕をしている斎だが、それなりに鍛えているので六歳の男の子一人抱えても苦にはならない。
なんとか起きていようとする青輝を見て斎は、ナギと生活を始めた時のことを思い出す。今の青輝と同じように連れまわされて着せ替え人形になっていた。ことあるごとにナギに連れまわされた斎は、面倒だし大変だからと服は着られればいいという認識になってしまった。
「まだ行きたいお店あるのにー」
青輝の瞼は閉じている。完全に斎に身体を預けているのを見た雛乃が頬を膨らませた。
「青輝はまだ生活に慣れてないんだ。無理させるな」
「わかった。じゃあこれだけ買って」
「自分のじゃないからって次から次に持ってくるな」
「えー」
「手塞がってるから。僕の財布からお金だして」
ショルダーバッグを示した斎に雛乃は嬉しそうに財布を取り出した。
「やった」
鼻歌混じりにレジに向かった雛乃の手には、ズボンやシャツなど合わせて合計十着だ。それと下着や靴下もある。それでも少ないかもしれない。また買いに行けばいい。今度はナギと一緒にと考えたが、斎の脳裏には苦々しい思い出が浮かんでいた。ナギも雛乃と同じことをやりかねない。というか、やる。絶対に。青輝が着せ替え人形になるのは目に見えている。服は青輝と二人で買いにこよう。
斎は腕の中の子供の頭を優しく撫でた。
ぼんやりと目を開けた青輝は眠たげな目をこすりながら、会計をしている雛乃を見みつめた。
「悪い。起こしたかな?」
「ねえ、どうしてひなおねえちゃんはくろいけむりのなかにいるの?」
「え?」
斎は青輝の視線を追った。
「ほら。かおがみえない」
斎は目をこらすがショップバックを手に笑顔で近づいてくる雛乃しか見えない。
「えっと……青輝、わかるように話してくれるかな?」
「いつきおにいちゃんのかおはよくみえてるのに、ひなおねえちゃんのかおがみえない」
この言葉には雛乃も首を傾げた。青輝の目に何が映っているのか。斎も雛乃もわからない。何か青輝に異常があるのだろうかと。心配になった二人は神社庁へ向かった。買い出しをしていたショッピングモールから地下鉄を乗り継いで一時間もかからない場所にある。
神社庁内最奥の扉をくぐり広い応接室でナギを待つ。外観からは考えられない広さだ。隠力で異空間に部屋を作ったとナギは言っていたが、そんな力を持つ人は九州地区ではナギ以外いない。できることはせいぜい近くのものに干渉するぐらいだ。ナギの力は人間離れしている。そもそも十五年近く一緒にいるが、衰えている様子がない。それも隠力の強さが関係しているのだろうか。
考えても埒が明かない。斎はナギについて考えるのをやめた。以前本人に訊いたことがある。しかし、言葉を濁された。ナギは自分のことを話さない。訊いても答えてくれない。しかし一緒に生活するのに支障はないので、斎は深く考えずにいる。
「かなり強い力を持ってるみたいだな、青ちゃんは」
ナギは検査結果を手に斎と雛乃の向かいのソファに座る。
渡された結果に手にした斎は軽く目を通す。隣から雛乃も内容を読んでいる。
ナギに次ぐ一、二を争う、少なくとも斎や雛乃以上の隠力を青輝は持っている。まだまだ使いこなせていないのでどれだけのことができるかは未知数だ。
当の本人は別室で眠っている。着せ替え人形と検査とでどっと疲れが出たのだろう。今は少し休ませてあげたい。
ナギが雛乃をじっと見つめる。
「俺でも注意して視ないとわからないな」
「え? なになに? 何も感じないんだけど」
雛乃は何があったのかとナギと斎の顔を交互に見る。
「僕も何も感じないし視えない」
「まあそれくらい小さな力ということだ。力が強くなれば害にもなるだろうが、今の時点ではその可能性は低い。雛乃の力で自然と消えるだろうな。だが、身体に不調があれば検査に来てくれ」
立ち上がったナギは神社庁へ続く扉とは逆の方向に足を勧めた。扉がもうひとつあり、外へ続いている。行先はナギの隠力で変えることができるらしい。ナギ専用の外出扉といったところだ。
「俺は少し出かける」
ナギの補佐官が上着を渡す。補佐官は斎と雛乃に会釈した。
「青ちゃんが起きたら帰れ。何かあればまた来てくれ」
「はーい」
ナギは補佐官と言葉を交わしながら出かけた。
女性の変死体と聞こえたが、斎は聞いてないことにする。
少しして神使部の人と一緒に青輝が部屋にやってきた。眠たげな目をこする青輝と一緒に雛乃を見送った斎は帰路についた。