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硬券0073 水郷汽船
水郷汽船
鉄道もない江戸時代から関東平野の水運は盛んで、特に江戸と霞ケ浦沿岸各所を結ぶ舟、明治期も霞ケ浦、北浦沿岸や銚子などに多くの寄港地をもった水運が栄えました。
関東平野に鉄道が普及され主流になってからは、船は度々整理され、霞ヶ浦を主体に語れば、会社合併で昭和6年に水郷観光汽船、それを翌年に水郷汽船に商号変更しました。
昭和27年には、沿岸のバスを運行する水郷観光という会社と合併し、水郷観光交通になりましたが、昭和40年に、船舶を再分離して水郷汽船に戻っています。
その後、平成元年に京急マリーナ、平成18年にクラスマリーナへと経営者が移っています。
水郷汽船時代は、硬券もありまして、あまり集めてはいないのですが、
![](https://assets.st-note.com/img/1693100360227-HgNQrYk756.png?width=1200)
再分離後の水郷汽船に戻ってからものですが、硬券は、このようなB型で行き先違いのものが主でした。
![](https://assets.st-note.com/img/1693100400579-X2wl47rvTW.jpg?width=1200)
この硬券は、再分離前の水郷観光交通が表題のものも確認しています。
国鉄連絡もかつてはありまして、土浦と佐原(のちに短縮されて閘門で国鉄バス接続)
![](https://assets.st-note.com/img/1693100447552-hFzl56ccTU.jpg?width=1200)
潮来(汐来表記) 国鉄連絡運輸
少し変わったものですと
![](https://assets.st-note.com/img/1693100509802-YCiqS4Z9Md.jpg?width=1200)
鹿島 国鉄連絡運輸
廃札ですが、古きよき券です。
以上、水郷汽船の代表的なものをまとめました。
次回は、一旦合併された「水郷観光交通」時代の硬券を、ほんの少しです。
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