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硬券0005 熊野交通 補足版

「熊野川飛行艇」と「那智登山自動車」という会社が合併し、昭和18年に熊野合同自動車㈱が発足したのが起源となります。
さらに同年、和深自動車㈱、古座川自動車㈱、串本自動車組合、太地青年同志会、熊野中央自動車㈱をも合併させ、
昭和20年に熊野交通と称号変更し、後には南海グループに入り、連結子会社になっています。
新宮、那智を中心とした路線バスの運行、熊野川上流への観光や昔は郵便船の運航事業を行いました。

令和2年に御坊南海バスと合併して熊野御坊南海バス㈱となっています。

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昭和31年 B型硬券 青PJR地紋 矢印式

これは、那智山へ向かう路線の途中部分のもので、麓はまさにその山に差し掛かる場所の集落名です。
ここの硬券も沢山見かけることはなく、時折、という程度で見かけます。
青地紋ですが、赤地紋だと紹介されたものも存在したようです。

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昭和37年? B型硬券 青PJR地紋 往復乗車券

実券で古い割に良い状態で残っておりますが、往復券には表に社名表記がありません。
でもこちらの方が希少という感じはします。

さて、ここのバスは、国鉄連絡運輸もしていた会社です。

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昭和53年 D型硬券 灰色(淡緑)自社地紋 補充片道乗車券

国鉄天満ゆきですが、明らかに「紀伊天満」。那智滝(那智大社)のある那智山から那智駅を接続駅として連絡運輸の便が図られていました。この自社地紋もなかなか良い味です。常備の連絡券は画像で一度見た経験があります。常備券がここに飾られて更新されるのは何年先でしょうか。

さて、前述で「熊野川飛行艇」という事業者を出してしまうと、流れ上、次回はそちらへ、となります。

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