司法試験予備試験 商法 平成29年度
問題
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1.X株式会社(以下「X社」という。)は,会社法上の公開会社であり,株券発行会社ではない。X社は,種類株式発行会社ではなく,その発行可能株式総数は10万株であり,発行済株式の総数は4万株(議決権の総数も4万個)である。X社の事業年度は6月1日から翌年5月31日までであり,定時株主総会の議決権の基準日は5月31日である。
2.X社は,主たる事業である電子機器の製造・販売業は堅調であったが,業績拡大の目的で多額の投資を行って開始した電力事業の不振により多額の負債を抱え,このままでは債務超過に陥るおそれがあった。
そこで,X社は,この状況から脱却するため,電力事業を売却し,同事業から撤退するとともに,募集株式を発行し,債権者に当該募集株式を引き受けてもらうことにより負債を減少させる計画を立てた。
3.X社は,同社に対して5億円の金銭債権(弁済期平成28年7月1日)を有するA株式会社(以下「A社」という。)に対し,A社のX社に対する同債権を利用して,募集株式1万株を発行することとして(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成28年5月27日),A社にその旨の申入れをしたところ,A社の了解を得ることができた。
なお,当該募集株式の払込金額5万円は,A社に特に有利な金額ではない。また,A社は,当該募集株式の発行を受けるまで,X社の株式を有していなかった。
〔設問1〕
X社がA社に対してX社の募集株式1万株を発行するに当たって,上記3のA社のX社に対する5億円の金銭債権を利用するには,どのような方法が考えられるか,論じなさい。なお,これを論ずるに当たっては,その方法を採る場合に会社法上必要となる手続についても,言及しなさい。
4.X社は,電力事業の売却及び上記3の募集株式の発行により負債額を減少し,債権者に対する月々の弁済額を減額することができたが,電力事業によって生じた負債が完全に解消されたわけではなかった。また,主たる事業においても,大口の取引先が倒産したことなどによって事業計画に狂いが生じ,新たに資金調達をする必要が生じた。そこで,X社代表取締役Yは,Yの親族が経営し,X社と取引関係のないZ株式会社(以下「Z社」という。)に3億円を出資してもらってX社の募集株式を発行することとした(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成29年2月1日)。ところが,X社において当該募集株式についての募集事項の決定をした後,Yは,Z社から,同社が行っている事業が急激に悪化したことにより,3億円を払い込むことができない旨を告げられた。Z社の払込みがされずに,当該募集
株式の発行ができないこととなると,X社の財務状態に対する信用が更に悪化するだけでなく,払込みをすることができなかったZ社の信用も悪化することが懸念された。そこで,YとZ社は,協議した上で,Z社がX社の連帯保証を受けて金融機関から3億円を借り入れ,これを当該募集株式の払込金額の払込みに充てるとともに,当該払込金をもって直ちに当該借入金を弁済することとした。
5.Z社は,平成29年2月1日,X社の連帯保証を受けて,金融機関(X社が定めた払込取扱機関とは異なる。)から3億円を借り入れ,同日,当該3億円をもって当該募集株式の払込金額の払込みに充て,X社は,Z社に対して,当該募集株式6000株を発行した。
なお,当該募集株式の払込金額5万円は,Z社に特に有利な金額ではない。また,Z社は,当該募集株式の発行を受けるまで,X社の株式を有していなかった。
6.X社は,平成29年2月2日,当該払込金をX社の預金口座から引き出して,上記5のZ社の借入金債務を弁済した。
7.その後も,Z社の事業の状態は,悪化の一途をたどった。Z社の債権者であるB株式会社(以下「B社」という。)は,このままではZ社から弁済を受けることができなくなることを危惧し,Z社の保有する上記5のX社の株式をもって,Z社のB社に対する債務を代物弁済するよう求め,Z社もこれに応ずることとした。
そこで,平成29年5月29日,Z社は,B社に当該株式の全部をもって代物弁済し,また,B社は,当該株式について,X社から株主名簿の名義書換えを受けた。
〔設問2〕
(1) 上記5の募集株式の発行に関して,X社の株主であるCが,Y及びZ社に対して,会社法上どのような責任を追及することができるか,その手段を含めて論じなさい。
(2) 上記7の代物弁済を受けたB社は,X社の定時株主総会において,当該株式につき議決権を行使することができるか,論じなさい。なお,これを論ずるに当たっては,上記5の募集株式の発行の効力についても,言及しなさい。
関連条文
会社法
124条1項(2編 株式会社 2章 株式 2節 株主名簿):基準日(基準日株主)
199条1項3号(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
募集事項の決定(金銭以外の財産の出資)
199条2項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
募集事項の決定(株主総会の決議)
201条1項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
公開会社における募集事項の決定の特則(株主総会→取締役会)
201条3~4項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
公開会社における募集事項の決定の特則(通知・広告)
205条1項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
募集株式の申込み及び割当てに関する特則(総数の引受け)
206条2項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
募集株式の引受け(総数を引き受けた者)
207条1,4項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
金銭以外の財産の出資(検査役選任の申立)
207条9項5号(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
金銭以外の財産の出資(弁済期到来時の適用除外)
208条3項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
出資の履行等(給付債務と債権との相殺不可)
209条2,3項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
株主となる時期等(引受人による支払・給付後)
213条の2第1項1号(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
出資の履行を仮装した募集株式の引受人の責任
213条の3第1,2項(2編 株式会社 2章 株式 8節 募集株式の発行等):
出資の履行を仮想した場合の取締役等の責任
847条1,3項(7編 雑則 2章 訴訟 2節 株式会社における責任追及の訴え):
株主による責任追及等の訴え
会社法施行規則
46条の2(2編 株式会社 2章 株式 6節 募集株式の発行等):
出資の履行の仮装に関して責任をとるべき取締役等
民法
505条(3編 債権 1章 総則 6節 債権の消滅):相殺の要件等
一言で何の問題か
設問1 現物出資による募集株式の発行
設問2(1) Z社と自社代取Yに対する仮装払込の責任追及
設問2(2) B社のX社株式の取得と権利行使の有効性
つまづき・見落としポイント
検査役調査の例外、会社を主体とする423Iは使わない、発行自体の有効性
答案の筋
設問1
A社からの5億円の金銭債権を現物出資として受け入れるには、株主への通知と引受契約締結が必要。この際、出資額の適正評価のため原則として検査役の選任と調査が必要であるも、期限の利益を放棄すれば不要となり得る。また、金銭債権相殺の論点も考慮する。
設問2(1)
Z社のX社への3億円払込は「仮装」払込みに該当し、Z社は全額を返済すべきであり、株主Cは責任追及の訴えを提起できる。本件払込は実質的な会社資産を形成していない場合に仮装と評価でき、関与した代取Yにも連帯責任を負う。
設問2(2)
B社はX社の株主総会の基準日前にX社株式を取得しており、議決権行使は認められる。確かに、取得株式は仮装払込みで発行されたものではあるが、株式の発行自体は有効である。一方、仮装払込みにつき悪意または重過失がある場合は権利行使できないものの、取得時点ではそのような事情は認められないため株主として権利行使が可能。
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