旧司法試験 刑法 平成16年度 第1問
問題
甲は、交際していたAから、突然、甲の友人である乙と同居している旨告げられて別れ話を持ち出され、裏切られたと感じて激高し、Aに対して殺意を抱くに至った。そこで、甲は、自宅マンションに帰るAを追尾し、A方玄関内において、Aに襲いかかり、あらかじめ用意していた出刃包丁でAの腹部を1回突き刺した。しかし、甲は、Aの出血を見て驚がくするとともに、大変なことをしてしまったと悔悟して、タオルで止血しながら、携帯電話で119番通報をしようとしたが、つながらなかった。刺されたAの悲鳴を聞いて奥の部屋から玄関の様子をうかがっていた乙は、日ごろからAを疎ましく思っていたため、Aが死んでしまった方がよいと考え、玄関に出てきて、気が動転している甲に対し、119番通報をしていないのに、「俺が119番通報をしてやったから、後のことは任せろ。お前は逃げた方がいい。」と強く申し向けた。甲は、乙の言葉を信じ、乙に対し、「くれぐれも、よろしく頼む。」と言って、その場から逃げた。乙は、Aをその場に放置したまま、外に出て行った。Aは、そのまま放置されれば失血死する状況にあったが、その後しばらくして、隣室に居住するBに発見されて救助されたため、命を取り留めた。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。
関連条文
刑法
43条(第1編 総則 第8章 未遂罪):未遂減免(中止犯)
54条(第1編 総則 第9章 併合罪):
一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理
103条(第2編 罪 第7章 犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪):犯人蔵匿等
130条(第2編 罪 第12章 住居を侵す罪):住居侵入等
199条(第2編 罪 第26章 殺人の罪):殺人
203条(第2編 罪 第26章 殺人の罪):未遂罪
問題文の着眼
乙は、加害者甲を逃がそうとした
一言で何の問題か
中止犯、不作為犯
答案の筋
「中止した」と評価するにあたり、すでに結果発生に向けた因果の過程が進行している場合には行為者は生じている結果発生の危険を消滅させ、これを防止するための積極的作為が必要であるところ、甲に真摯な努力は認められないため、住居侵入罪と殺人未遂罪が成立し、これらは牽連犯となる。
甲の去った後の現場周辺には乙以外おらず、乙はAの生殺与奪について排他的支配を得ており法律上の作為義務が認められる。また、119番通報をすることや搬送することに何ら障害はなく、容易かつ可能であり、作為義務を怠ったと評価できるため、殺人の実行行為性が認められる。よって、乙に殺人未遂罪と犯人隠避罪が成立し、これらは併合罪となる。
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