司法試験予備試験 民法 令和2年度
問題
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事実】
1.Aは、早くに夫と死別し、A所有の土地上に建物を建築して一人で暮らしていた(以下では、この土地及び建物を「本件不動産」という。)。Aは、身の回りのことは何でも一人で行っていたが、高齢であったことから、近所に住むAの娘Bが、時折、Aの自宅を訪問してAの様子を見るようにしていた。
2.令和2年4月10日、Aの友人であるCがAの自宅を訪れると、Aは廊下で倒れており、呼び掛けても返事がなかった。Aは、Cが呼んだ救急車で病院に運ばれ、一命を取り留めたものの、意識不明の状態のまま入院することになった。
3.令和2年4月20日、BはCの自宅を訪れ、Aの命を助けてくれたことの礼を述べた。Cは、Bから、Aの意識がまだ戻らないこと、Aの治療のために多額の入院費用が掛かりそうだが、突然のことで資金の調達のあてがなく困っていることなどを聞き、無利息で100万円ほど融通してもよいと申し出た。
そこで、BとCは、同日、返還の時期を定めずに、CがAに100万円を貸すことに合意し、CはBに100万円を交付した(以下では、この消費貸借契約を「本件消費貸借契約」という。)。本件消費貸借契約締結の際、BはAの代理人であることを示した。Bは、受領した100万円をAの入院費用の支払に充てた。
4.令和2年4月21日、Bは、家庭裁判所に対し、Aについて後見開始の審判の申立てをした。 令和2年7月10日、家庭裁判所は、Aについて後見開始の審判をし、Bが後見人に就任した。そこで、CがBに対して【事実】3の貸金を返還するよう求めたところ、BはAから本件消費貸借契約締結の代理権を授与されていなかったことを理由として、これを拒絶した。
〔設問1〕
Cは、本件消費貸借契約に基づき、Aに対して、貸金の返還を請求することができるか。
5.その後、Aの事理弁識能力は著しい改善を見せ、令和3年7月20日、【事実】4の後見開始の審判は取り消された。しかし、長期の入院生活によって運動能力が低下したAは、介護付有料老人ホーム甲に入居することにし、甲を運営する事業者と入居に関する契約を締結し、これに基づき、入居一時金を支払った。また、甲の入居費用は月額25万円であり、毎月末に翌月分を支払うとの合意がされた。同日、Aは、甲に入居した。
6.Aは、本件不動産以外にめぼしい財産がなく、甲の入居費用を支払えなくなったことから、令和4年5月1日、知人のDから、弁済期を令和5年4月末日とし、無利息で500万円を借り入れた。
7.令和5年6月10日、Aは、親族であるEから、本件不動産の売却を持ち掛けられた。Eは、実際には本件不動産が3000万円相当の価値を有していることを知っていたが、Aをだまして本件不動産を不当に安く買い受けようと考え、様々な虚偽の事実を並べ立てて、本件不動産の価値は300万円を超えないと言葉巧みに申し向けた。Aは、既に生活の本拠を甲に移しており、将来にわたって本件不動産を使用する見込みもなかったことから、売買代金を債務の弁済等に充てようと考え、その価値は300万円を超えないものであると信じて、代金300万円で本件不動産を売却することにした。
そこで、同月20日、Aは、Eとの間で、本件不動産を代金300万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日、本件自宅についてAからEへの売買を原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がされた。
8.令和5年7月10日、本件売買契約の事実を知ったDは、Aに対して、本件不動産の価値は3000万円相当であり、Eにだまされているとして、本件売買契約を取り消すように申し向けたが、Aは、「だまされているのだとしても、親族間で紛争を起こしたくない」として取り合おうとしない。なお、本件売買契約に基づく代金支払債務の履行期は未だ到来しておらず、Eは、本件売買契約の代金300万円を支払っていない。
〔設問2〕
Dは、本件不動産について強制執行をするための前提として、Eに対し、本件登記の抹消登記手続を請求することを考えている。考えられる複数の法律構成を示した上で、Dの請求が認められるかどうかを検討しなさい。
関連条文
民法
1条2項(第1編 総則 第1章 通則):基本原則
95条(第1編 総則 第5章 法律行為 第1節 総則):錯誤
96条(第1編 総則 第5章 法律行為 第1節 総則):詐欺又は強迫
99条1項(第1編 総則 第5章 法律行為 第3節 代理):代理行為の要件及び効果
109条(第1編 総則 第5章 法律行為 第3節 代理):
代理権授与の表示による表見代理等
110条(第1編 総則 第5章 法律行為 第3節 代理):権限外の行為の表見代理
112条(第1編 総則 第5章 法律行為 第3節 代理):代理権消滅後の表見代理等
113条(第1編 総則 第5章 法律行為 第3節 代理):無権代理
423条(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):
債権者代位権の要件
424条(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):
詐害行為取消請求
424条の2(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):
相当の対価を得てした財産の処分行為の特則
587条(第3編 債権 第2章 契約 第3節 売買):消費貸借
644条(第3編 債権 第2章 契約 第10節 委任):受任者の注意義務
859条(第4編 親続 第5章 後見 第3節 後見の事務):財産の管理及び代表
869条(第4編 親続 第5章 後見 第3節 後見の事務):委任及び親権の規定の準用
一言で何の問題か
1 無権代理、表見代理、後見人による追認拒絶と信義則
2 詐害行為取消権、債権者代位権
答案の筋
1 Bは、母Aの後見人の就任前にAの無権代理人として自らが締結した消費貸借契約の効果帰属を否定しているが、このような追認拒絶は矛盾挙動として信義則上許されず、Cは、本件消費貸借契約に基づき、Aに対して貸金の返還を請求することができる。
2 詐害行為取消権の要件である詐害意思については、詐害行為との相関関係により決するが、Aは売買代金を債務の弁済等に充てるため相当価格の売却をしようとしている一方、当該売却によっては債権者Dが500万円全額の満足を得られないという認識がなく、詐害意思が認められないため、Dの詐害行為取消権の行使は認められない。
債権者代位権については、詐欺取消権が表意者保護のための制度であり、代位行使は認められないとも考えられるが、無資力である債務者の取消権の不行使が債権者を害する場合にまで、表意者の意思を尊重する必要性に乏しく、一身専属性は認められないため、DはAの詐欺取消権と本件登記の抹消登記手続請求権を代位行使できる。
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