司法試験予備試験 過去問 商法 平成28年度
問題
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,平成18年9月に設立された株式会社であり,太陽光発電システムの販売・施工業を営んでいる。甲社の発行済株式の総数は1000株であり,そのうちAが800株,Bが200株を有している。甲社は,設立以来,AとBを取締役とし,Aを代表取締役としてきた。なお,甲社は,取締役会設置会社ではない。
2.Aは,前妻と死別していたが,平成20年末に,甲社の経理事務員であるCと再婚した。甲社は,ここ数年,乙株式会社(以下「乙社」という。)が新規に開発した太陽光パネルを主たる取扱商品とすることで,その業績を大きく伸ばしていた。ところが,平成27年12月20日,Aは,心筋梗塞の発作を起こし,意識不明のまま病院に救急搬送され,そのまま入院することとなったが,甲社は,Aの入院を取引先等に伏せていた。
3.平成27年12月25日は,甲社が乙社から仕入れた太陽光パネルの代金2000万円の支払日であった。かねてより,Aの指示に従って,手形を作成して取引先に交付することもあったCは,当該代金の支払のため,日頃から保管していた手形用紙及び甲社の代表者印等を独断で用いて,手形金額欄に2000万円,振出日欄に平成27年12月25日,満期欄に平成28年4月25日,受取人欄に乙社と記載するなど必要な事項を記載し,振出人欄に「甲株式会社代表取締役A」の記名捺印をして,約束手形(以下「本件手形」という。)を作成し,集金に来た乙社の従業員に交付した。
乙社は,平成28年1月15日,自社の原材料の仕入先である丙株式会社(以下「丙社」という。)に,その代金支払のために本件手形を裏書して譲渡した。
4.Aは,意識を回復することのないまま,平成28年1月18日に死亡した。これにより,Bが適法に甲社の代表権を有することとなったが,甲社の業績は,Aの急死により,急速に悪化し始めた。
Bは,Cと相談の上,丁株式会社(以下「丁社」という。)に甲社を吸収合併してもらうことによって窮地を脱しようと考え,丁社と交渉したところ,平成28年4月下旬には,丁社を吸収合併存続会社,甲社を吸収合併消滅会社とし,合併対価を丁社株式,効力発生日を同年6月1日とする吸収合併契約(以下「本件吸収合併契約」という。)を締結するに至った。
5.Aには前妻との間に生まれたD及びEの2人の子がおり,Aの法定相続人は,C,D及びEの3人である。Aが遺言をせずに急死したため,Aの遺産分割協議は紛糾した。そして,平成28年4月下旬頃には,C,D及びEの3人は,何の合意にも達しないまま,互いに口もきかなくなっていた。
6.Bは,本件吸収合併契約について,C,D及びEの各人にそれぞれ詳しく説明し,賛否の意向を打診したところ,Cからは直ちに賛成の意向を示してもらったが,DとEからは賛成の意向を示してもらうことができなかった。
7.甲社は,本件吸収合併契約の承認を得るために,平成28年5月15日に株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催した。Bは,甲社の代表者として,本件株主総会の招集通知をBとCのみに送付し,本件株主総会には,これを受領したBとCのみが出席した。
A名義の株式について権利行使者の指定及び通知はされていなかったが,Cは,議決権行使に関する甲社の同意を得て,A名義の全株式につき賛成する旨の議決権行使をした。甲社は,B及びCの賛成の議決権行使により本件吸収合併契約の承認決議が成立したものとして,丁社との吸収合併の手続を進めている。なお,甲社の定款には,株主総会の定足数及び決議要件について,別段の定めはない。
〔設問1〕
丙社が本件手形の満期に適法な支払呈示をした場合に,甲社は,本件手形に係る手形金支払請求を拒むことができるか。
〔設問2〕
このような吸収合併が行われることに不服があるDが会社法に基づき採ることができる手段について,吸収合併の効力発生の前と後に分けて論じなさい。なお,これを論ずるに当たっては,本件株主総会の招集手続の瑕疵の有無についても,言及しなさい。
関連条文
民法
1条2~3項(1編 総則 1章 通則):基本原則(信義則、権利濫用)
109条(1編 総則 5章 法律行為 3節 代理):
代理権授与の表示による表見代理等
110条(1編 総則 5章 法律行為 3節 代理):権限外の行為の表見代理
112条(1編 総則 5章 法律行為 3節 代理):代理権消滅後の表見代理等
113条(1編 総則 5章 法律行為 3節 代理):無権代理
116条(1編 総則 5章 法律行為 3節 代理):無権代理行為の追認
117条2項(1編 総則 5章 法律行為 3節 代理):無権代理人の責任
249条(2編 物権 3章 所有権 3節 共有):共有物の使用
251条(2編 物権 3章 所有権 3節 共有):共有物の変更
252条(2編 物権 3章 所有権 3節 共有):共有物の管理
264条(2編 物権 3章 所有権 3節 共有):準共有
898条(5編 相続 3章 相続の効力 1節 総則):共同相続の効力
900条(5編 相続 3章 相続の効力 2節 相続分):法定相続分
会社法
106条(2編 株式会社 2章 株式 1節 総則):共有者による権利の行使
126条3~4項(2編 株式会社 2章 株式 2節 株主名簿):株主に対する通知等
130条1項(2編 株式会社 2章 株式 3節 株式の譲渡等):株式の譲渡の対抗要件
299条(2編 株式会社 4章 機関 1節 株主総会及び種類株主総会等):
株主総会の招集の通知
327条(2編 株式会社 4章 機関 2節 株主総会以外の機関の設置):
取締役会等の設置義務等
354条(2編 株式会社 4章 機関 4節 取締役):表見代理取締役
360条(2編 株式会社 4章 機関 4節 取締役):株主による取締役の行為の差止め
784条の2(2編 株式会社 5章 組織変更等 2節 吸収合併等の手続):
吸収合併等をやめることの請求
828条1項7号(7編 雑則 2章 訴訟 1節 会社の組織に関する訴え):
会社の組織に関する行為の無効の訴え(会社の吸収合併)
831条1項(7編 雑則 2章 訴訟 1節 会社の組織に関する訴え):
株主総会等の決議の取消しの訴え
手形法
8条(1編 為替手形 1章 為替手形の振出方式):手形行為の代理
77条2項(2編 約束手形):為替手形に関する規定の準用
一言で何の問題か
偽造手形と表見代理の類推適用、共有株式の無断議決権行使と原告適格、吸収合併の無効事由
つまづき、見落としポイント
株主総会決議取消訴訟の取消事由(831I①)として、招集手続は適法だが、決議方法が違法のため請求可
吸収合併無効の訴えの期間は3 ヶ月( ≠ 6ヶ月)
答案の筋
1 Cには手形の振出権限はなく、本件手形は偽造によって振り出されたものであり、表見代理の規定を直接適用することはできない。しかし、無権代理の場合と同様に、有効な手形の外観を信頼した者を保護する要請は同じであるため、被偽造者に帰責性があり、それを相手方が信頼したことに正当な理由がある場合(善意無重過失)には類推適用して手形取引の安全を図るべきである。
2 甲社としては、共有者の一人であるCのみへの通知でも招集手続に瑕疵はなく、これによる取消事由は認められない。もっとも、議決権行使については、吸収合併の対価として存続会社の株式が交付される場合は株式の処分といえ、共有者全員の同意が必要であるため、決議の方法が法令に違反し取消事由となる。また、株主総会取消しの訴えを提起するためには、原告適格が必要である。会社は、吸収合併の承認決議が適法であると主張しているが、これは株式が共有されている場合、指定・通知手続きが適法になされたことを前提としている。一方で、Dの原告適格を権利行使者の指定・通知がないことを理由に否定するのは自己矛盾している。民法1条2項の信義則に反し、会社が同一訴訟手続きで恣意的に使い分けることは許されない。従って、Dには原告適格が認められる。
3 吸収合併の無効事由は法的安定性の見地より、重大な瑕疵がある場合に限られるため、Dは取消訴訟の出訴期間である決議から3ヶ月以内に吸収合併無効の訴えを提起して争うことができる。
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