「イラスト描けます」の自己PRで中東に来た私、まさかの方向から感謝される
●懐かしのセリフ、「イラストもできます」
ここヨルダンの本屋に「働かせてください」と長文を送った時、自己PRのひとつにこんなことを書いた。「イラストもできます」。(その話は第1話)
しかし本屋に来てみると、自分よりも遥かに絵のセンスがあるスタッフたちがいることが発覚。「ほうほう、自分はこの店ではイラスト担当ではないな」と、なんとなく絵は描かずに過ごしていた。
しかしついに、描かざるを得ない場面に陥ってしまった。それがキッチン編にも書いたように、「フードを作る仕事」をしていた時だ。
当店の食事メニューは主に2つあるのだが、その作り方や完成図を全然覚えられず、忙しいキッチン業務にあたふたしていたのだ。
あたふたの主な理由として「アラブ食材の馴染みの無さ」と「英語で喋っていることによる齟齬」が挙げられる。
もう1つの残念な理由として、私はただただ「ちょっとしたこと」を覚えるのが大変苦手だという、もう国も言語も関係ない致命的な原因が挙げられる。このnoteでも、私がスタッフの名前などを全然覚えられなかった話が時々出てくる。
そんな私の取った作戦が、「メニューを絵で描く」ことで覚えるものだった。「描く」という作業を通して料理の理解が深まるし、盛り付け中に絵を見れば「お手本」として役に立つだろう。
そういうわけである夜のコーヒータイム中、日本から持ってきていたノートとペンでサ〜っと当店のメニューを描いてみた。
それを、何の気なしに店長に「こんなの描いた〜。これで私もスムーズに作れるはず」と見せたら、店長はめちゃくちゃびっくりしてくれた。
「おいおいおいおい〜!?フウ、そういえばイラストもできるって言ってたなあ〜!?めちゃくちゃ上手いじゃないか〜!みんなに見せてくるからノート貸して」と、私の返事も待たずにノートを取り上げ、スタッフやお客さんに見せびらかしにどこかに行ってしまった。
ノートを奪って行ってしまった店長の背中を見つめながら、私はただただびっくりした。「自分の記憶用」にサラ〜っと描いただけだったのに、この「上手い絵が溢れる本屋」で、そんなに感動してもらえるのか..と。
店長のリアクションはとても意外で、もちろん嬉しいものだった。
●壁画をじっと見ていたら
また別のある日、私はぼんやりと、物置に描かれた壁画を眺めていた。店には色々な壁画があったが、唯一この絵は「未完成」のまま残されており気になっていたのだ。
すると、昔から店にいるフランス人のアリスが「ああこれね。前いたスタッフが描いてくれてたんだけど、まだ途中で。フウ、あなた続きを描いてみたら?」と声をかけてくれた。
ええ!人の描いた絵に手を入れるなんて、いいのかしら…と躊躇ったが、私もこの絵を完成させたかったので、描かせてもらうことにした。
アリスが「この本とか参考になるよ」と渡してくれたのは、モスクや絨毯などで使われる「アラビアンな模様」の分厚い図鑑だ。
こんなのあるんだ!私はページをパラパラめくって、「このページの鳥の部分と、このページの植物をこう組み合わせて、反転させて…」と頭の中で想像しながらノートにイメージを描いてみた。
イメージが固まったら壁に鉛筆で写し、いよいよ本番だ。一番の困難は、あまりの寒さに手がかじかんで筆が持てないことだった。「一緒にやろうかな〜」と言っていたアリスは、始まって数分で「これは寒すぎるわ」と店内に戻ってしまった。
しばらくして、ここまで出来上がった。大きな絵なので、ちょっと塗っては椅子から降りて後ろに下がり全体のバランスを見る。それを繰り返していたらかなり時間がかかった。本当は左右も下も下書き済みなので全て塗りたかったが、手が冷たくてギブアップだ。
すると「フウ、こんな寒いのにまだやってたの?」と言いながらアリスが戻ってきて、「ワ〜オ」と感嘆してくれた。
「フウ、本当にありがとう。元の絵は青かったでしょう?それを引き継ぐような色使いをしてくれたんだね!?それが本当に嬉しい、ありがとう!」
私はキョトンとしてしまった。たしかに、アリスに「描き足してみたら?」と言ってもらった時、色の指定まではされなかった。でも私は「この絵の続き」を描くつもりだったので、もちろん突然の赤や黄色を使うなんて想像もしておらず、色々な青いペンキを調合しながら「元の青」に合う色を作って塗った。
それが当たり前だと思ってやったから、まさか「感謝」されるなんて想像もしていなかったのだ。"色合わせ"は気遣いでもなんでもなく、当然のことだった。
でもアリスがあまりに嬉しそうに言ってくれたので、きっと「元の絵」を描いたスタッフとアリスの間にあるのかもしれない「大切な思い出」を上塗りせずに進められたんだなと感じて、私もとても嬉しくなったのであった。
イラスト編・fin